artscapeレビュー

都市へ仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み

2009年02月15日号

会期:2009/1/17~3/22

東京オペラシティアートギャラリー[東京都]

展覧会サイト:http://www.operacity.jp/ag/exh102/

スイスの建築事務所ディーナー&ディーナー(以下D&D)の展覧会。D&Dは、父親の代から続く設計事務所で、バーゼルを拠点に活躍。現在はベルリンにも事務所を持つ。代表であるロジャー・ディーナーは、ジャック・ヘルツォークやピエール・ド・ムーロンの同級生でもあり交流が深い建築家。今回、D&Dの所員である木村浩之氏が展覧会を企画から担当した。かなり以前から、木村氏から展覧会の話は聞いていたが、実現された展覧会を見て、タイミングといい、伝えたいコンセプトといい、建築の展覧会としては、これまでにない貴重なものだと思った。
第一室では模型と配置図のセットでプロジェクトを紹介。第二室は三つに分かれ、コンペの部屋、カーテンに囲まれた映像紹介の部屋、素材のサンプルが多く展示されている。1つのプロジェクトの情報が複数の場所にあるため、深く知ろうとすれば、自然に地図を持って、展示会場を彷徨うことになる。答えにすぐたどり着くわけではないが、興味をもてば、その深さが見えてくる。この体験こそが都市的な情報体験であるともいえる。
いわゆる建築家の展覧会を期待していった場合には、肩すかしを食らうかもしれない。建築をヴィジュアルや形態で「勝負」している建築事務所ではない。彼らはむしろそれを意図的に避けている。また、「作品を見せる」といったことを強く押し出す展覧会でもない。例えば、第一の部屋で展示されている模型をみると、敷地周辺の建物ヴォリュームのなかに、設計した建物が溶け込むように配置されていて、どこに作品があるかすぐには分からない。じっくり見ることによってはじめて「作品」がどれであるのかがゆっくりと浮かび上がってくるような展示なのだ。たとえ作品であることを過度に誇張しないまでも、周辺の風景を背景として、建築「作品」が表現されるのが、通常の建築展だといえる。しかしD&Dの場合、既存の都市といかに調和しつつ、その中での空間の可能性を最大限に高めるかということが、いかにも控えめな形で表現されている。それは最終的に建築を浮かび上がらせるわけでも都市をつくることに専念するわけでもない。むしろ都市と建築の関係性そのものを浮かび上がらせようとしているかのようなのだ。
都市の中に建築がいかに配置され、いかに振る舞うべきなのか。このような考え方は、なにもD&Dに限ったわけではない。例えば木村氏によれば、留学先のスイス連邦工科大学ローザンヌ校では、「どこに設計した建物が建っているのか分からないという作品こそが最良の建築である」というような建築教育もあったという。スイスにおいてはこの考え方がむしろ主流で、かなり一般的に認められているのだという。筆者自身もパリにいた時、同じような印象を受けたことがある。特にパリの都市建築は、周囲のファサードとの関連において定義づけられるような建築である。けれども日本の建築界において、このような考え方は、かなり違和感をもって捉えられるのではないだろうか。作品が見えないことが最良だという視点は、少なくとも建築家の側からは言いにくいのではないだろうか。
最後に、観客の視点から述べてみよう。この展覧会で1つの建築だけを作品と思って見ようとすれば、何かもの足りなさを感じるかもしれない。しかし建築がおかれている環境、背景、コンテクスト、それ全体を作品の一部として捉えていくことで、なぜ彼らが、このように一瞬どこに作品があるのか分からないくらい、慎み深いともいえる建築を追求しているのか、そういうことが少しずつ見えてくるのではないだろうか。ひるがえって、この展覧会が日本で開催された意義を考えるべきだろう。彼らにとってはまったく言葉に表わす必要のないくらい当たり前の、しかしわれわれにとっては建築をつくるまったく新しい方法論ともいえるような方法論を、この展覧会で見ることが出来るのだ。都市と建築との関係性を考えさせる、まさに最良の展覧会であると思った。

2009/01/23(金)(松田達)

artscapeレビュー /relation/e_00000234.json l 1198903

2009年02月15日号の
artscapeレビュー