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長野重一『遠い視線 玄冬』

2009年02月15日号

発行所:蒼穹舎

発行日:2008年12月24日

長野重一は1925年生まれの写真家。1950年代からフォト・ジャーナリズムの最前線で活躍し、羽仁進監督の『彼女と彼』(1963)、『アンデスの花嫁』(1966公開)や市川崑監督の『東京オリンピック』(1965公開)などの映画では撮影を担当した。一時写真の現場からは離れていたが、1989年に写真集『遠い視線』(アイピーシー)を刊行。以後もコンスタントに写真集、写真展などの活動を展開している。80歳を超え、さすがに体調はあまりよくないようだが、そのスナップショットの切れ味に弛みがないことは、新刊の『遠い視線 玄冬』でも確かめることができた。
タイトルが示すように、この写真集は基本的に前作『遠い視線』の延長上にある。作品のキャプションに付された日付で見ると、1996年から2008年に撮影された街のスナップショット、151点で構成されている。長野のスナップから感じとれるのは、「知性」としかいいようのない平静沈着な視線のあり方だろう。ことさらに感情移入することなく、中心となる被写体からやや距離を置いて、周囲を取り込むように撮影していく。そこに巧まずして、時代の空気感や手触りが浮かび上がってくる。
だが写真集全体から感じとれるのは、何ともいいようのない「寂しさ」である。とりたててネガティブな場面が多いわけではなく、街を行き交い、佇む人たちの、ほっとするような場面が写り込んでいる写真も多い。にもかかわらず、孤独や寂しさがひたひたと押し寄せてくるような気配を感じてしまう。最後の2枚は品川区上大崎の自宅の窓から撮影されたもの。雷鳴が走り、ブルドーザーがクレーンで吊り下げられる──何かが壊れていく。後戻りはきかない。そんな日々の移り行きを、写真家はこれから先も静かに「遠い視線」で見つめ続けていくのだろう。
なお写真集の刊行にあわせるように写真展「人、ひとびと」(ギャラリー蒼穹舎、2009年1月8日~25日)、「色・いろいろ」(アイデムフォトギャラリー「シリウス」、2009年1月5日~21日)も開催された。前者は1960年代のポートレートを中心に、後者は長野には珍しいカラー作品を集めた展示である。どちらも彼の作品世界の意外な幅の広さと、的確でしかも遊び心があるカメラワークを楽しむことができた。

2009/01/10(土)(飯沢耕太郎)

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