artscapeレビュー

横谷宣「黙想録」

2009年02月15日号

会期:2009/1/7~2/28

gallery bauhaus[東京都]

おそらく横谷宣という名前をほとんどの方は知らないだろう。僕も昨年9月まではまったく知らなかった。作家・翻訳者の田中真知さんに紹介され、彼の手作りアルバムを見せられた時、これはただ者ではないと感じた。そこに写っているのは彼が旅の途中で出会った風景だが、すべて褐色のソフトフォーカスの印画に焼き付けられている。最初に見た印象は、これはピクトリアリズム(絵画主義)の再来ではないかということだった。ピクトリアリズムは、19世紀末から20世紀初頭にかけて世界的に流行したスタイルで、ゴム印画法やブロムオイル法のような特殊な技法を使って「絵のような」画面を作り上げる。聞けば横谷もカメラやレンズを自製し、尿素を使った独特のトーニング(調色)をプリントに施しているのだと言う。
だが写真を見ているうちに、これは別にオールド・ファッションをめざしているのではなく、むしろ彼にとってのリアルな眺めをできうるかぎり正確に定着しようという強い意志のあらわれなのではないかと思いはじめた。そのことは今回のgallery bauhausの個展ではっきりと確認できたように思う。横谷の写真に写っているのは、彼が一番美しいと思っている黄昏時の光そのものを、どうしたらきちんと捉えることができるかという苦闘の結果である。そのためにカメラやレンズも改造し、求める光に出会うために、最小限の装備を身につけて砂漠を超えて何日も旅行する。今時こんな古風な求道者的な写真家がいること自体が驚きなのだが、もっと驚くべきことは、じわじわと口コミで彼の写真の魅力が伝わり、多くの観客がギャラリーを訪れ、作品を購入していることだ。そのピュアーな、だが不思議な抱擁力を備えた作品世界は、多くの人たちを巻き込みつつあるようだ。

2009/01/16(金)(飯沢耕太郎)

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