2019年11月15日号
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artscapeレビュー

山川冬樹『黒髪譚歌』

2010年05月01日号

会期:2010/03/28

VACANT[東京都]

ランウェイを模したと思われる白く細長い舞台、その両端に楽器が置かれたスペース。約90分。冒頭、ランウェイの真ん中で長髪をゆっくり洗うと、山川は「2007年8月20日月曜日……」と語り出した。その日、彼は死者の棺に自分の髪を捧げたという。髪をテーマにした本作は、この死者(山口小夜子と想像される)へのオマージュでもあった。髪を振り乱しながらギターをかき鳴らすと、瞬時にそれは映像化されスクリーンに逆回転の状態で映写された。逆回転の効果で髪は独特のうねりをみせた。哀切に満ちたギターと歌。心臓の鼓動や骨の鳴る音がリズムをつくる。合間に髪をいつ切るかといった街頭インタビューや、中国でのエクステンション用の頭髪売買の様子(テレビ番組の一部)がモニターに映される。そうして髪への思いを山川個人から切り離す振る舞いも見せはする。とはいえ、やはり中心を占めるのがきわめて個人的な髪への思いと死者への哀悼であることは変わらない。喪の儀式は、死者の死後伸びた分を残して山川の長髪がばっさりと切り落され、その髪が亡霊のようにランウェイの中空を漂うと、ギターを弾きながら山川がつきそうエンディングできわまった。これがただ純粋な喪の儀式だったのか、その「パフォーマンス」だったのか、それとも「パフォーマンス」の衣を借りた中身は純粋な儀式だったのか、簡単に断定できない。ただし、パフォーマンスの場を喪の儀式の場にしてみようと思う現代の作家がいて、さほどの違和感も抱くことなくその作家を見守る観客がいるということ、これは間違いのない事実。特定の時間・場所に料金を支払ってひとがわざわざ集まる「上演」という機会が、テレコミュニケーションの高度に発達した時代の僕たちにとっていったいなんであるのか/ありうるのか、考えさせられる公演だった。

2010/03/28(日)(木村覚)

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