artscapeレビュー
ウィリアム・エグルストン「パリ─京都」
2010年07月15日号
会期:2010/06/05~2010/08/22
原美術館[東京都]
6月18日は何とも大変な一日だった。写真展を梯子して見ることは、それほど珍しいことではないが、この日は回った展覧会がすべて充実した濃い内容の展示で、さすがに相当の疲労感を覚えた。心地よい疲れではあるのだが。
まず、品川の原美術館でウィリアム・エグルストンの新作を見る。エグルストンはいうまでもなく、1976年のニューヨーク近代美術館での伝説的な個展で、「ニューカラー」と称されるカラー写真によるスナップショットの新たな領域を切り拓いた写真家だが、このところがらりとスタイルを変えてしまった。今回の「パリ─京都」のシリーズでは、まるでデジタルカメラで撮影したような(実際には35ミリと6×7のフィルムカメラ)軽やかな浮遊感が漂うイメージが、鮮やかな原色で乱舞していて、その吹っ切れたような自由な撮影ぶりに開放感と昂揚感を覚えた。「ニューカラー」という枠組み自体を、自分で軽々と乗りこえてしまているのだ。写真とドローイングがカップリングされているフレームもあり、このサインペンや色鉛筆でさっと描かれたドローイングがまた、実におしゃれで決まっている。
若い日本の写真家に、僕が「網膜派」と密かに呼んでいる、デジタルカメラを使って被写体の表層的な物質性に徹底してこだわる作風が芽生えつつある(小山泰介、和田裕也、吉田和生など)。ところが、彼らがやろうとしていることを、70歳を越えたエグルストンが先取りして、しかも見事に達成してしまった。これでは彼らの出る幕がないわけで、これはこれで困ったことではないだろうか。
2010/06/18(金)(飯沢耕太郎)