artscapeレビュー
村瀬恭子「遠くの羽音」
2010年07月15日号
会期:2010/04/10~2010/06/13
豊田市美術館[愛知県]
水に浸かる少女を描いた初期の作品から、その少女が森や洞窟へと歩み出すという近作で村瀬恭子の表現の軌跡をたどるとともに、初公開の10点の新作とインスタレーションによって新たな展開も紹介。会場は大型の新作が並ぶ空間に始まり、過去作品へと遡っていくように構成されていた。人物などのモチーフと背景との境界が線ではなくおもに色の面によって表わされる村瀬のペインティング。ときに伸びやかで、ときに荒々しい筆致や、独特の色彩、図と地が溶け合い同化していくような作品世界の不安定な雰囲気の魅力もさることながら、今展でなにより圧巻だったのは、洞窟に見立てた壁画のインスタレーション。黒いカーテンを潜り、真っ暗な空間を数歩進むと、その先にさらに暗幕がある。開けると展示室の三面の壁に鉛筆で描かれたというウォールドローイング《100万年Cave》の空間が出現する。洞窟を彷徨う少女たちと森や山の風景を俯瞰するように描いたこの壁画は、作家が15日間かけて制作したものだという。ほとんどが鉛筆なのだが、花や星の輝き(?)など、ところどころに少しだけ色が使われている。それらは、まるで暗闇の中で見つけたとても遠くの光のように尊く思われて、時間をともなった物語への連想も掻き立てていく。じっくりと眺めているとまるで静かに進行する劇場空間に立っているかのような気分。入ったときは運良く監視員の女性の他に誰もおらず、この空間をしばしひとりで堪能できたのが嬉しい。
2010/06/11(金)(酒井千穂)