artscapeレビュー

2019年06月01日号のレビュー/プレビュー

「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」記者発表会

会期:2019/05/27

東京国際フォーラムD7[東京都]

この秋、森アーツセンターギャラリーで予定されている「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」の記者発表会。初めにフジテレビジョン・イベント事業局長の宇津井隆氏があいさつ。「バスキア展」をやるきっかけは2000年頃、とんねるずの木梨憲武に「いまバスキアが大変なことになっている」と言われたからだそうだ。ノリさんだけに、テレビ業界っぽいノリだなあ。確かにバスキアの亡くなった1988年前後は画家としての評価はあまり芳しくなかったが、シュナーベルの監督した映画「バスキア」が公開された1990年代後半から再評価の気運が高まってきたのは事実。近年は前澤友作氏が62億円、123億円と立て続けに高額で落札したり、パリのルイ・ヴィトン財団美術館で回顧展が開かれたり(同時開催していたのは同じく満28歳で亡くなったエゴン・シーレ展)、話題にこと欠かなかった。

で、今回は「メイド・イン・ジャパン」というタイトル。作品が日本でつくられたからではなく、バスキアが勢いのあった80年代の日本に憧れ、何度か来日していたからであり、画面に「MADE IN JAPAN」と描かれた作品が出品されるからであり、また、意外と日本の公立美術館がたくさん持っているからでもある。つまり評価の低かった1990年前後のバブル期に日本が買っていたのだ。出品数は約130点。中身はともかく、点数ではルイ・ヴィトンに引けをとらない。

会期:2019年9月21日(土)〜11月17日(日)

2019/05/27(月)(村田真)

川田喜久治「影の中の陰」

会期:2019/05/29~2019/07/05

PGI[東京都]

川田喜久治は2018年1月からインスタグラムに写真をアップし始めた。今回のPGIの個展では、2019年5月まで、つまり「『平成』の最終年から、元号が『令和』に変わるまで」ほぼ毎日アップされた370点から、約50点を選んで展示している。出品作は「1.空、雲、雨、太陽と月のメタファー、あるいは、オマージュ」、「2.『見えない都市』あるいは。『記憶のない都市』」、「3.影の中の陰」の3パートに分かれるが、「展示においてはそれぞれを混合し、異時同図のイメージスクロール(一種の絵のながれ)としている」という。

作品には、1970年代の「ロス・カプリチョス」、90年代の「ラスト・コスモロジー」、2000年代の「ワールズ・エンド」など、これまでの川田の仕事を彷彿とさせるものが数多く含まれている。つまり、インスタグラムという「新しいコミュニケーションを秘めたこの方法」を試すにあたって、彼はこれまでの自分の写真観、世界観を総点検し、そこからさまざまな手法を抽出し、全精力を傾けて「イメージスクロール」を構築しようとしているのだ。結果として、「影の中の陰」はいかにも川田らしい作品であるとともに、新たなチャレンジの意味を持つものともなった。川田は1933年生まれだから、今年86歳になるわけだが、小柄な体の奥から湧き出る創作エネルギーの噴出には、驚きを通り過ぎて唖然としてしまう。

インスタグラムへの挑戦は、川田にとって新鮮な衝撃でもあったようだ。展覧会のコメントに「あのハート印の『いいね』を繰り返す見えない人たちの呪文のような声援は、日々の光の謎の奥へと探索をうながしてくる」と書いている。インスタグラムヘのアップを契機として、さらなる未知の表現領域への飛躍も期待できそうだ。

2019/05/29(水)(飯沢耕太郎)

イキウメ『獣の柱』

会期:2019/05/14~2019/06/09

世田谷トラムシアター[東京都]

劇作家の前川知大とイキウメの作品は必ず見ようと思ったきっかけになったのが、6年前に鑑賞した『獣の柱』だった。今回、再演されるということで劇場に足を運んだら、隕石が放つ光がもたらす快感に人々が我を忘れてしまう怪現象という序盤こそ同じだったが、途中からだいぶ違う展開になり、より完成度が高い新作のようになっていたことに心底驚かされた。空から降る巨大な柱を見るものは多幸感に囚われるが、あまりの過剰さゆえに人類に厄災をもたらす。そう、ほかのことが一切できなくなるという死に至る快感なのだ。SF的な物語は、いろいろな解読を可能にしているが、前回は、311の余波が続く時期だったこともあり、宗教的な崇拝の対象にすらなる光の柱が、事故を起こした原発の寓意に思われた。支配され、共存するか、あるいは別の生き方を選ぶか。しかし、今回は力点が変わり、新しい人類の誕生や、これまでの20世紀の文明とは違うコミューンをつくる物語になっていた。

イキウメの作品をたどると、今回の『獣の柱』は、旧人類と新人類を描いた作品『太陽』にも近いだろう(ただし、この作品では太陽の光を見ることができるのは旧人類)。またSFとしては、特に「あなたたちの役割は終わった」という強烈な一言から、アーサー・C・クラークの小説『幼年期の終わり』も思い出した。ほかにもナイト・シャラマンの映画『ハプニング』において、人間が集中し、一定の密度になると自死を選ぶという設定を連想した。劇中では、なぜこのような柱が出現したかについて生き残った者たちが議論し、幾つかのSF的な仮説が提示されるが、必ずしも明快な結論が出るわけではない。やはり、解釈は開かれていた。ともあれ、ハリウッド映画のような予算がなくとも、この超常現象により人類が危機に陥るという凄まじい物語を舞台で演じてしまう説得力、それに加え、シリアスな内容にもかかわらず、イキウメ特有のユーモアが失われてないことに感心させられた。

公式サイト:http://www.ikiume.jp/kouengaiyou.html

2019/05/29(水)(五十嵐太郎)

GRAPHIC TRIAL 2019 EXCITING

会期:2019/04/13~2019/07/15

印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]

本展を観て痛感したのは、プリンティングディレクターという職能の重要性である。例えばグラフィックデザイナーがこういう表現をしたいと試みたとしても、彼ら自身がコントロールできるのは入稿データの作成までだ。印刷会社に入稿データを渡した途端、彼らは制作のバトンも渡さなければならない。印刷工場では製版、刷版、印刷、加工・製本という工程を経るが、そこでグラフィックデザイナーに代わって、技術的なサポートとディレクションを行なうのがプリンティングディレクターである。建築で言えば、建築家と現場監督の関係みたいなものか……。

第14回を迎える本展のテーマは「Exciting」。参加クリエイターはアートディレクターの葛西薫、アートディレクターのテセウス・チャン、グラフィックデザイナーの髙田唯、アートディレクターの山本暁の4人である。個々にプリンティングディレクターが一人ひとり付き、まさにクリエイターとプリンティングディレクターとの高度な掛け合いとも言えるような協働の過程と成果を見せてくれた。

展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー

葛西はそのまま「興奮」と題し、自分がかつて興奮したという中国での思い出の35mmネガフィルムの写真をB1サイズ5連のポスターに引き伸ばすトライアルを行なった。そのまま引き伸ばせば、当然、ボケた画像となる。そこで高解像度の写真ではないことを逆手にとり、スクリーン線数を極端に粗くし、さらにCMYKの各版を異なる線数にしたり、CMYKの4色に銀や金を混入したりして、見え方がどのように変わるのかを実験した。チャンは「Colour Noise」と題し、印刷適正のない不織布にどこまで鮮やかさを再現できるのか、カレイドインキや蛍光インキを刷るトライアルを行なった。髙田はモニター上で鮮やかに発色するRGBの青を印刷で再現できないかという思いに端を発し、「見えない印刷」と題して、ブラックライトで発光・発色する蛍光メジウムに着目。来場者が実際にポスターにブラックライトを当てると、色とりどりの蛍光色とともに詩が浮かび上がり、その場で詩も楽しめるというインスタレーションを展開した。山本は「オフセット印刷の不良」と題し、水濡れや凹凸のある紙への印刷、またインキが裏抜けした印刷、画像のネガとポジを重ね合わせた場合の印刷など、印刷にまつわる失敗やあり得ない実験を果敢に行ない、ユニークな表現を試みた。

展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー

このようにトライアル内容がどれも非常にマニアックであることに驚いた。それこそグラフィックデザイナーなど印刷に関わりのある職業でなければ一見理解しにくい内容かもしれない。しかしチラシや雑誌をはじめ、われわれの身の周りには印刷物が山のようにある。それらが実はプリンティングディレクターらによる、高度な技術者の賜物であることに気づく良い機会となるかもしれない。

公式サイト:https://www.toppan.co.jp/biz/gainfo/graphictrial/2019/

2019/05/29(水)(杉江あこ)

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中山英之展「, and then」

会期:2019/05/23~2019/08/04

TOTOギャラリー・間[東京都]

ギャラリー間では、ベスト級の展覧会だった。個人的に良い展覧会のポイントは、以下の3つである。第一に素晴らしい作品、もしくは貴重な資料があること。第二に、ここでしか体験できないこと(すなわち、書物に置き換えにくい内容)。そして第三に、展覧会の枠組を改めて問うこと。とくに映像との関係で建築展をひっくり返すことに成功している。どういうことか。通常、建築展において映像は付属物として扱われる。だが、本展のメインとなる4階を、むしろ彼の作品について制作された6編のショート・ムービーを上映する映画館=「シネ間」とし、3階を映像に関する資料、ドローイング、模型などの展示場とした。つまり、建築家の手を離れた後、現在、どのように住宅が使われているかを伝える、ドキュメンタリー映画の方が主役である。また『家と道』以外は上映時間10分以内に抑えられ(あまり長過ぎないことも好感がもてる)、休憩・CMを含めて、ちょうど1時間のタイムテーブルが組まれている。



「中山英之展 and then」映画館の入り口をイメージした3階の展示風景



「中山英之展 and then」屋外展示の風景



「中山英之展 and then」短編映画の上映サイクル


過去にも千葉学が数名の施主に使い捨てカメラを送り、住宅の現状を撮影したものを活用する展覧会があったが(建築家に依頼するだけに、写真のセンスが良いことにも感心)、今回は施主だけでなく、さまざまなアーティストが撮影しており、建築の特徴を引きだしつつ、それぞれの強い個性が反映されている。とくに実見したことがある「O邸」は、訪問したときに比べて、かなり使い倒されている雰囲気がよくわかった。『Mitosaya薬草園蒸留所』はライブ感あふれる商品の製造過程をとらえ、「弦と孤」は上下と回転運動のみによるカメラが1日の様子を撮影し、ギャラリー間としては破格に横長の三面スクリーンに映しだされる。『2004』はかわいらしいアニメーションと写真のスライドショーであり、「家と道」は入念に演出された人々の動きをカメラのアングルを変えながら紹介する(もっとも面白い作品だったが、5回目のループはなくてもよかったかもしれない)。



「中山英之展 and then」《家と道》コーナーより



「中山英之展 and then」《弦と弧》コーナーより


2019/05/31(金)(五十嵐太郎)

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