artscapeレビュー

2019年10月15日号のレビュー/プレビュー

近つ飛鳥博物館、狭山池博物館

[大阪府]

関西方面へのゼミ合宿で、安藤忠雄設計の博物館を2つ再訪した。近つ飛鳥博物館(1994)と狭山池博物館(2001)である。前者は大阪芸大の濃密な塚本英世記念館を見た直後だったので、同じコンクリートの建築でもだいぶあっさりして見えたが、安藤忠雄の本領はアプローチのデザインだろう。そもそも自動車でいきなり建築に近づきにくい立地だが、登り下りがあり、道を曲がるなど、風景の変化を感じながら、ようやくその姿が立ち現われる。また途中で小さなパヴィリオンが出迎えるが、その上の小さな円塔が、遠くに見える本体の大きな直方体の塔と呼応している。すなわち、自然の風景の中で幾何学的な構造体が対話しているのだ。この建築が内部で紹介する古墳も、いわば自然における大きな人工物=幾何学として存在している。展示デザインは、テーマが古墳文化なので難しいところだが、巨大な古墳模型は圧巻だ。また傾斜した屋根が、まるごと大階段になっており、壮観である。その造形は、ゴダールの映画にも登場したマラパルテ邸の系譜だが、はるかに拡大したスケールで展開されている。



近つ飛鳥博物館に向かう道の途中から見えてくる、パヴィリオンの上の円塔



近つ飛鳥博物館本体の直方体の塔



近つ飛鳥博物館内部に展示されている巨大な古墳模型


もうひとつの安藤建築である狭山池博物館までタクシーで移動する際、車中からPL教団の大平和祈念塔を眺められるが、やはりニュータウンにおいては異彩を放つ。狭山池博物館は、駐車場からすぐに入ることも可能だが、遠まわりになっても、隣接するため池を見てから、計画されたアプローチをたどるのがいいだろう。屈曲しながら進むと、それまでは隠されていた大きな水庭が、突然、視界に飛び込む。しかも両側から滝のように水が落ちる。インパクトのある出会いが演出されているのだ。内部の空間も印象的である。なぜなら、北堤の断面など、巨大なスケールをもつ土木の展示物が、現代アート的なインスタレーションにも見えるからだ。これは常設の展示であり、変わることがない建築のアイデンティティになっている。そしてこれらを収める直方体のシンプルさが、外観の特徴を決定づける。秀逸なのは、内部の展示物のサイズ感が、そのまま外部のヴォリュームに反映されていること。竣工してもう20年近くたつが、古びない傑作である。



狭山池博物館の外観



狭山池博物館の巨大な水庭



狭山池博物館内の巨大な土木展示物。まるで現代アートのインスタレーションのように見える



狭山池博物館内の展示風景より


公式サイト:
近つ飛鳥博物館 http://www.chikatsu-asuka.jp/
狭山池博物館 http://www.sayamaikehaku.osakasayama.osaka.jp/_opsm/

2019/09/04(水)(五十嵐太郎)

We are bound to meet: Chapter 1. Many wounded walk out of the monitor, they turn a blind eye and brush past me.

会期:2019/08/09~2019/09/08

Alternative Space LOOP[韓国、ソウル]

「歴史的トラウマの傷」をテーマにした若手作家のグループ展。「We are bound to meet」というタイトルには、「自己と他者」という対立軸ではなく、「私とあなた」を共に含む「We」という単位によって歴史を考えることで、傷の本質に近づく端緒が開ける、という思いが込められている。日本の植民地支配の歴史を「we」の問題として考えるために、同じトラウマを共有する韓国と台湾の作家の作品を集め、多角的な検証を行なっている。本展は3部構想で計画されており、その第1章が開催された。

台湾と韓国それぞれにおける象徴的な建築物を通して、国家と国家、国家のナラティブと個人の記憶の関係を見つめる点で共通性と対称性を示していたのが、Liang-Pin TsaoとChung Jaeyeonの作品である。Liang-Pin Tsaoは、台北にある忠烈祠(辛亥革命など中華民国建国や日中戦争での戦没者を祀る祠)が、植民地期は護国神社であった史実に着目。ライトボックスに仕立てた写真は片側がカラーによる現在の忠烈祠、反対側がモノクロで撮られた護国神社の写真資料で構成され、「国家的イデオロギーへの奉仕」という点で両者が表裏一体であることを示す。鳥居を背にした軍服姿の男性や整列した女学生の集合写真。一方、カラフルな中華風の門と観光客の群れ、現存する神社をフォトジェニックなロケ地と見なしてコスプレや結婚式の記念撮影に興じる若者たちのスナップは、「(負の)歴史遺産のロマンティックな消費」「文化的アイデンティティのハイブリッド性」について問いかける。

一方、「国家的イデオロギーの象徴としての建築」をより個人的な経験のレベルから問うのが、Chung Jaeyeonの映像作品《A Sketch for a Foundation》。記録映像と現在の光景を織り交ぜながら彼女が静かに語り始めるのは、かつて朝鮮総督府だった建築をめぐる幼少期の記憶である。朝鮮総督府の建物は、日本の敗戦後、アメリカ軍の接収、政府庁舎を経て国立中央博物館に転用されたが、その歴史を知らずに博物館を訪れた幼い頃の彼女にとっては「宮殿のような美しい場所」であり、1995年に爆破解体のニュース映像が流れた時には悲しみを覚えたという。政治的、歴史的、集合的な記憶と個人的な記憶との断層を見つめる語りは、「歴史の消去」という企ての愚かしさ、国家的な単一のナラティブを多面的に解体すること、「過去」を当時生きた人々とは異なる視線で眼差す可能性、「真正な文化的アイデンティティ」への疑義をめぐる省察へと昇華されていく。

このように、歴史的トラウマを、(直接的には体験していない世代による)「現在」の視線で見つめ直し、冷静かつ多面的な視点から検証し、思考の共有地を開くような展覧会こそ、現在の日本に最も必要なのではないか。

2019/09/05(木)(高嶋慈)

2019ソウル都市建築ビエンナーレ

会期:2019/09/07~2019/11/10

東大門デザインプラザ(DDP)、敦義門博物館村、ソウル都市建築展示館、ソウル歴史博物館[韓国、ソウル]

社会から疎外された弱者のために構想する「Shelter for soul」のコンペの二次審査のため、ソウルを訪れた。1/1のリアル・スケールで、実際に屋外で制作されたファイナリストの15組の審査の途中から台風が激しくなり、夕方から撤去されることになった。したがって、残念なことに、翌日の表彰式は作品がない状態となり、台風が完全に過ぎてから、再度、設置されたらしい。



「Shelter for soul」の表彰式の風景

ちょうど第2回目の2019ソウル都市建築ビエンナーレがスタートするタイミングであり、そちらのオープニングに足を運んだ。市長が建築に力を入れており、2017年に開始したものだが、実は前回も見学する機会に恵まれた。前回と同様、ザハ・ハディドが設計した東大門デザインプラザ(DDP)がテーマ展示を行なうメイン会場であり、近現代の街区をまるごと保存した敦義門博物館村も都市建築を展示するサブの会場となっている。また新しく会場に加わったのは、今年の春にオープンしたソウル都市建築展示館と、ライブ・プロジェクトを行なうソウル歴史博物館だ。そして全体のテーマは「コレクティヴ・シティ」である。

全体のヴォリューム感は、前回に比べると、やや減っているように思われた。なぜなら、東大門デザインプラザのスロープは映像やパネルの展示が多く、立体的なインスタレーションがあまりなかったからである。また展示室内も、前回はぎゅうぎゅうに各都市の展示を並べていたのに対し、今回はかなり空間に余裕があった。



*メイン会場・東大門デザインプラザのスロープの様子



アトリエ・ワンの展示風景


展示物として印象に残ったのは、メイン会場では中国の農村における現代建築プロジェクト群やワークショップ、ダッカの雑貨屋を再現したインスタレーション、歴史博物館ではソウルの市場の歴史、博物館村ではヴェネズエラのモールが避難所や監獄に転用された二重螺旋の巨大構築物、展示館では再現された北朝鮮のスーパーマーケットなどである。



DDPにおける、中国の農村における現代建築プロジェクト群



DDPにおける、ダッカの雑貨屋を再現したインスタレーション



ソウル歴史博物館における、ソウルの市場の歴史の展示



敦義門博物館村における、ヴェネズエラのモールが監獄に転用された巨大構築物の模型



ソウル都市建築展示館における、北朝鮮のスーパーマーケットの再現展示


前回も平壌のマンションのインテリアを再現した展示がインパクトを与えたが、今回も北朝鮮が目を引いた。ともあれ、市がこうした建築や都市をテーマにしたビエンナーレを継続していることは、東京では考えにくいイヴェントであり、とても羨ましい。

公式サイト:http://www.seoulbiennale.org/2019/

2019/09/07(土)(五十嵐太郎)

裵相順「Layers of time」

会期:2019/09/07~2019/11/03

LEE & BAE[韓国、釜山]

20世紀初頭、朝鮮半島における鉄道建設の中継地として日本人が作った街、大田(テジョン)のリサーチを元に作品を制作している裵相順(ベ・サンスン)。大田で生まれ育ち、引き揚げ後は日本国内での差別から自らの出自を語らずに生きてきた高齢者たちを取材し、映像作品を制作している。また、彼女がこれまで手掛けてきた絵画作品の主要なモチーフであり、多義的なメタファーを持つ「糸」を用いた写真作品も発表している。絡まりもつれ合ったカラフルな糸は、「大田生まれの日本人」というアイデンティティの複雑さ、解きほぐし難く絡まった日韓関係、伸び行く線路や人々の行き交った軌跡の交差、そして髪の毛や血管、心臓など人体の一部にも見え、さまざまな読み取りを誘う。近現代史のリサーチやオーラルヒストリーの収集などの手法を用いて制作する作家は増えているが、アートの可能性は、単なるドキュメンタリーではなく、より複雑な意味を持たせて見る者の想像力を刺激し、能動的に考えさせることができる点にある。

今回、釜山のギャラリーで開催された個展では、植民地期の釜山で暮らした日本人の痕跡に焦点を当てた新作が発表された。釜山は、1876年の開港以降、日本人が多く入植し、港湾部の開発や日本風の市街地が形成された。裵が着目したのは、かつて日本人街だった地区に今も残る1本の街路樹だ。現存するのはこの1本だけだというが、裵は、撮影した樹の画像をデジタル合成で重ね合わせ、鬱蒼と生い茂る森のようなイメージを出現させた。それは、黒いベルベットの下地に極細の面相筆で白い描線を描き重ね、気の遠くなる緻密な線の連なりが吸い込まれそうな深度を持つ絵画作品と、「レイヤー構造」の点で響き合うとともに、「過去と現在」が錯綜し、安定したパースペクティブを消失した眩暈のような感覚をもたらす。



会場風景


また、《Stone Rose》と題された、カラフルな樹脂でできた板状の立体作品もある。その表面は、ひび割れた大地のような複雑な凹凸を持つ。これは、釜山の龍頭山公園の石垣の表面を型取りしてつくったものだ。現在は、港を見下ろせる丘の上に釜山タワーが建ち、観光地として人気の龍頭山公園だが、李氏朝鮮時代(江戸期)から日本統治時代の間は神社が建てられていた。敗戦後は引き揚げを待つ日本人の、朝鮮戦争勃発後は戦火を逃れてきた避難民の避難場所となったが、度重なる火事に見舞われた。石垣の表面が爆発で割れたような跡は、火の強さを物語る。この石垣の痕跡が、「バラの花のように見えた」と言う裵は、ピンクやオレンジ色の樹脂を用いて作品化した。同時にそれは、皺の寄った皮膚のようにも見え、矛盾した感覚を見る者に与える。石という硬いものであると同時に、花びらや皮膚のように柔らかく有機的なものであること。冷たく死んだものであり、血の通ったものでもあること。アートは矛盾を抱え込むことを許容する領域であり、作品は矛盾した言葉を語ることができる。それは、一元的で排他的な断定の言葉に抗う術となる。



《Stone Rose》2019, Crystal resin


裵の作品は、歴史的痕跡に対し、糸や樹脂を用いてメディウムを変換することで、人体組織を思わせる有機的なものとして差し出す。それは、言語による歴史記述よりもより微妙で複雑な方法で、現在と過去は断絶ではなく繋がっていること、近代史を考えることは現在を考えることであること、そして現在の状況の複雑さの根は近代にあることを示している。



《Layers of stone i, ii, iii, iiii》2019, Face-mounted archival pigment prints


関連レビュー

裵相順「月虹 Moon-bow」|高嶋慈:artscapeレビュー(2019年02月01日号)
KG+ SELECT 2019 裵相順「月虹」|高嶋慈:artscapeレビュー(2019年05月15日号)

2019/09/07(土)(高嶋慈)

北帝国戦争博物館、マンチェスター博物館、ウィットワース美術館

[イギリス、マンチェスター]

博物館を調査するプロジェクトのために、イギリスに渡航した。マンチェスターにて、念願のダニエル・リベスキンドが設計した北帝国戦争博物館を訪問した。ウォーターフロントに位置し、独特の外観ゆえに、水辺のランドマークとして機能している。もっとも、地球を表象する球体を立体的に分割し、それらの断片を再構成するという思弁的な形態操作による外観は張りぼて気味で、内部の空間との関係も薄く、微妙である。とはいえ、展示のデザインは結果的に彼らしいユニークな場となっていた。すなわち、全体的に斜めに傾いた不安定な床、天井は高いがひどく狭い通路、そして大空間に林立する鋭角的なヴォリューム群(それぞれの内部はテーマ展示室)である。おそらく展示として使いづらいという批判もあるだろうが、それがもたらす異様な空間体験は、戦争という展示物との相性もよい。



北帝国戦争博物館の外観



ダニエル・リベスキンド設計、北帝国戦争博物館の展示風景


マンチェスター大学の博物館は、メイン・エントランスのリノベーションにあわせ、アジアのコレクションなどのエリアは閉鎖中だった。したがって、自然史のエリアのみを鑑賞する。それほどコレクションは多くないが、独自のテーマの設定やメタ的な視点が導入されており、興味深い。またイギリスのインド抑圧をテーマにした現代アートの巨大絵画や、パンジャブの虐殺の歴史展示もあった。あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」を電凸と脅迫で閉鎖に追い込むような日本なら、間違いなく自虐的な内容として炎上するだろう。さすがにイギリスは大人の国に成熟している。


マンチェスター大学の博物館



イギリスのインド抑圧に関する歴史展示。マンチェスター大学の博物館より


続いて、マンチェスター大学のウィットワース美術館を訪れた。古典主義の建築を増築したものである。巨匠のセザンヌの企画を除くと、壁紙デザイン、イスラムの女性アーティスト、アンデスのテキスタイルなど、切り口がユニークだった。そしてガーナのイブラヒム・マハマによる二等車の椅子を議会風に並べた大型のインスタレーションが力強い。この美術館は公園に面しており、立地の良さを生かした、緑に包まれたガラス張りのカフェ空間も良かった。


古典主義建築を増築したウィットワース美術館



ガーナのイブラヒム・マハマによるインスタレーション



ウィットワース美術館内にある、緑に包まれたガラス張りのカフェ

公式サイト:
北帝国戦争博物館 http://www.iwm.org.uk/north/
マンチェスター博物館 https://www.museum.manchester.ac.uk/
ウィットワース美術館 https://www.whitworth.manchester.ac.uk/

2019/09/11(水)(五十嵐太郎)

2019年10月15日号の
artscapeレビュー