artscapeレビュー

2021年09月01日号のレビュー/プレビュー

徐勇展「THIS FACE」

会期:2021/07/16~2021/08/16

BankART KAIKO[神奈川県]

壁に一列に女性のクローズアップした顔写真が並ぶ。その数513枚。すました顔、化粧した顔、疲れた顔、汗かシャワーに濡れた顔など表情はさまざまだが、同じ女性であることがわかる。彼女は「性工作者」(セックスワーカー)で、これらは朝9時から翌日の午前2時までの17時間に、北京のホテルの一室で何人もの男を相手にした合間の記録写真だという。ただし写っているのは彼女の顔だけで、相手もベッドもティッシュも写っていない。だからこれだけ見てもどういうシチュエーションかわからないけれど、なんとなく妖しげな空気だけは伝わってきて、なんだか見てはいけないものを見てしまったような気分になる。

作者の徐勇は1980年代に広告写真で名をなし、90年代には北京の古い路地を撮った写真集『胡同』が日本でも発売されるなど、中国の写真家では知られた存在。いや、写真家というよりアーティストというべきだろう。というのも、彼は広告写真や記録写真といった特定の分野にとどまらず、写真というメディア自体を問い直すような作品もつくっているからだ。たとえば、本展にも何点か出ている「十八度灰」シリーズなどは、カメラ本体とレンズを10センチほど離して撮影した完璧なピンボケ写真。いわばコンセプチュアル・フォトだ。日本人にたとえれば、篠山紀信から宮本隆司、石内都、杉本博司までを合わせたような存在、というと大げさか。加えて彼は、北京の現代美術の拠点「798時態空間」の創始者の一人でもあるそうだ。そうした彼のトータルな活動を知ったうえでこれらの顔を見直してみると、単にスケベ心を刺激する「のぞき見」写真ではないことが了解されるだろう。

関連レビュー

徐勇展「THIS FACE」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2021年08月01日号)

2021/07/23(金)(村田真)

渡辺兼人 写真展「墨は色」

会期:2021/07/19~2021/07/31

巷房・2[東京都]

記憶している限り、これまで渡辺兼人がカラー作品を発表したことはないはずだ。街歩きのあいだに見出した被写体を、画面上に厳密に配置し、ぎりぎりまでシャープに、しかも濃密かつ豊かなグラデーションで描き切った、ハードエッジな黒白写真こそが渡辺の真骨頂であり、それらを見るたびにいつでも「写真表現の極北」という言葉を思い浮かべていた。その渡辺がカラー作品を発表するということで、期待と不安が交錯するような気持ちで会場に足を運んだ。

そこに出品されていた20点の8×10インチ判のプリントは、「渡辺兼人のカラー写真」そのものだった。被写体も、それらを矩形の画面におさめる手つきも、黒白写真の作品とほぼ変わりはない。いうまでもなく、大きな違いは色がついているかいないかだが、それもあまり気にならない。網膜を刺激するような、原色に近い色味の被写体を注意深く避けているためだろう。

それだけでなく、渡辺は今回のシリーズで、明らかにある意図をもって写真を選んでいる。20点のうち、かなり多くの作品に「雨に濡れたアスファルトの地面」が写っているのだ。その墨のように黒々とした色面に目が引き寄せられる。水に濡れた箇所や水たまりは光を反射し、そのぬめりのある触感が強調されている。むろん、モノクロームでも「雨に濡れたアスファルトの地面」を描写することはできるが、カラー写真のように、風景から生起してくる、官能的とさえいえるような空気感を捉えるのは無理だろう。渡辺はそのことに気がつき、まさに「墨は色」であることの写真的な表明をもくろんで、このシリーズに取り組んだのではないだろうか。

2021/07/29(木)(飯沢耕太郎)

岸幸太「連荘 1」

会期:2021/07/26~2021/08/08

photographers’ gallery[東京都]

興味深いことに、岸幸太の個展「連荘 1」に出品されたのもカラー写真だった。岸も渡辺兼人と同様に、これまで多くの作品を黒白写真で発表してきた。15年あまり撮り続けた大阪・釜ヶ崎、東京・山谷、横浜・寿町などの「ドヤ街」の写真を集成して3月に刊行した写真集『傷、見た目』(写真公園林)も、全ページがモノクロームの図版である。

今回の個展からスタートする「連荘」シリーズも、撮影場所、被写体の選択、撮り方はそのまま踏襲されている。「ドヤ街」の街路や建物、路上にちらばり、積み上げられているゴミと現代美術のオブジェの中間形態のような事物、その間を浮遊するように行き来し、所在なげにたたずむ人物たち……。それらをストレートに切り出してくる眼差しのあり方は、黒白写真でもカラー写真でも変わりはない。だが、これまた渡辺兼人の写真と同じく、それらを包み込む空気感が、丸ごと写り込んでいることに大きな違いがある。そのことによって、写真家と被写体の間の距離感がより縮まり、観客(読者)は、岸とともに「ドヤ街」のなかに踏み込んでいくような臨場感を共有することができるようになった。このシリーズも、写真集『傷、見た目』のようにまとまるには時間がかかりそうだが、新たな視覚的体験が期待できそうだ。

これまで黒白写真を中心に発表していた写真家が、カラー写真に移行することが多くなってきた理由のひとつとして、カラープリント、特にデジタル処理によるカラープリントの精度が、以前と比較して飛躍的に上がってきたということも大きいのではないだろうか。モノクロームプリント並みの画像コントロールが可能になることで、その表現の可能性はより高まりつつある。なお、展覧会に合わせて、KULAから同名の写真集も刊行されている。

2021/07/29(木)(飯沢耕太郎)

藤原彩人 軸と周囲 ─姿としての釣り合い─

会期:2021/07/15~2021/08/01

gallery21yo-j[東京都]

陶で人形(ひとがた)彫刻をつくってきた藤原の個展。今回は大きめの彫刻4点を中心に、手捻りの小品やドローイングを加えた展示。これまで藤原のつくってきた人物は、なで肩で足が短く重心が下のほうにあるため、見るからに不格好だった。それは陶土で成形して焼くため、重心が高いと崩れやすく、立たせるのが難しいからだと聞いたことがある。ところが今回の人物は、胴や手足は円筒、目玉は球体といったようにシンプルな幾何学形態を組み合わせたようなかたちをしており、不格好ではない。むしろ印象としては「モダン」で「カッコいい」。それはおそらくキュビスムを想起させるからではないだろうか。

キュビスムはよく知られるように、セザンヌの「自然を円筒と球体と円錐で捉える」との言葉を具現化し、対象を円柱や立体の組み合わせとして再構成した。藤原の彫刻も身体を分節化し、胴体や頭部、手足などを単純な形態に置き換えて接合したため、重心が低くならず(座像であることもその要因だが)、モダンでカッコよく、安定した印象を与えているのだ。考えてみれば、人間とは形態的には口から肛門までが空洞の一本の筒に還元できるわけで、中身が空洞(頭もからっぽ?)の筒の組み合わせからなるこの彫刻は理にかなっている。いずれモビルスーツのガンダム型に進化するだろうか。

2021/08/01(日)(村田真)

画廊からの発言 新世代への視点2021

会期:2021/07/17~2021/10/17

藍画廊+GALERIE SOL+ギャラリーQ+ギャラリー58+ギャラリーなつか+ギャラリイK+ギャルリー東京ユマニテ+コバヤシ画廊[東京都]

真夏恒例の「新世代への視点」展。銀座・京橋界隈の画廊まわりも近年めっきり減ってしまったが、せめてこの企画展だけは見に行くようにしている。貸し画廊から出発したギャラリーが10軒ほど集まって「新世代への視点」を始めてから早30年近い。初回より参加しているオリジナルメンバーは半減したが、うれしいのはそれぞれの画廊のおねえちゃんおにいちゃんが、もはやおばあちゃんおじいちゃんと呼んでも差し支えない年齢になっても相変わらず顔を出してくれること。もちろんそういうぼくも彼女ら彼らと同じく歳を重ねているわけで、だからこそ気になるのは「新世代への視点」がボケてこないかということだ。

同展は40歳以下の新鋭作家を対象にしており、当初は画廊のオーナーと同世代か少し下の「新世代」を選んでいたのに、年を経るごとに作家との年齢差が開き、いまや自分の子かヘタすりゃ孫くらい歳の離れた「新新世代」を選ばなくてはならなくなっているのだ。急いで断っておくが、だからといって早く引退しろとか、「孫世代への視点」にタイトルを変えろとかいいたいのではない。ただぼく自身が近ごろ感じるように、いつの間にか時代に取り残されていないだろうかと一抹の不安を感じただけなのだ。もちろん漠然とそう思ったのではなく、作品を見ての感想だ。

今年は昨年と違い、出品作家は男女半々で、作品も絵画、版画、彫刻、漆芸、アニメ、インスタレーションと多岐にわたっている。なかでも、一見プリミティブな風景画ながら、色彩といいタッチといい実に巧みな衣真一郎の絵画(藍画廊)や、リアルな情景描写にマンガチックな表現を組み合わせた芦川瑞季のリトグラフ(ギャラリーなつか)、動物の頭蓋骨やコロナウイルスを緻密に描き出す豊海健太の漆芸(ギャルリー東京ユマニテ)などは、技術的にも時代の表現としても見応え十分。でもそれ以外は技術的に稚拙だったり、なにも伝わってこない作品もあったりして、やや不満が残った。「新世代」もがんばってほしいが、「新世代への視点」も研ぎ澄ませてほしい。


公式サイト:http://galleryq.info/news/news_newgeneration2021.html

2021/08/04(水)(村田真)

2021年09月01日号の
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