artscapeレビュー
2021年09月01日号のレビュー/プレビュー
なかしま さや展「Mirror, mirror」
会期:2021/08/04~2021/08/11
ギャラリー ヨクト[東京都]
なかしまさやは「深層心理学や集合的無意識に強い関心があり、スイスでユング派心理学を学んだ」という経歴の持ち主。現在は日本写真芸術専門学校に在学中だが、3月にKiyoyuki Kuwabara AGで個展を開催するなど、このところ積極的に作品を発表し始めている。今回のギャラリーヨクトの展示では、「自己愛性人格障害の母親との葛藤を娘の視点から」描くというテーマ設定で、10点の作品を出品していた。
経歴はユニークだし、発想、技術もしっかりしている。一点一点を丁寧に作っており、数は少ないが作品相互の関連づけた配置もきちんと考えられていた。ただ、全体的にこれを見せたいという切実感に乏しく、絵解きに終わってしまっている作品が多いように感じた。キー・イメージとして設定されているのは、タイトル通り「Mirror(鏡)」なのだが、花などと組み合わせたその描写が、広告写真のブツ撮りのようでリアリティに乏しい。鏡のもつ多義的な役割がうまく表現されている写真もあるので、作品の選択、配置にもう少し気を配って、点数をもっと多めにすれば、一皮剥けたいい作品になるのではないだろうか。
なかしまのような、個性的なバックグラウンドをもった作家は、きっかけひとつで大きく成長する可能性を秘めている。小出しにしないで、自分の内から発するテーマに精神を集中し、一回りも二回りもスケールの大きな作品を見せてほしいものだ。
2021/08/09(月)(飯沢耕太郎)
パビリオン・トウキョウ2021、水の波紋展2021 消えゆく風景から ─ 新たなランドスケープ(前編)
[東京都]
いま東京オリンピック・パラリンピックに連動して、都内のあっちこっちで街頭展が開かれている。主なものだけでも「パビリオン・トウキョウ」「水の波紋」「東京ビエンナーレ」などがあるが、特に「パビリオン・トウキョウ」と「水の波紋」の作品は、新国立競技場にほど近い神宮前・青山界隈に集中しているので、2日に分けてまとめて見に行った。ちなみに、「パビリオン・トウキョウ」は東京都および都の財団などが主催し、地元のワタリウム美術館が企画。「水の波紋」はそのワタリウム美術館の主催だ。
まず、青山一丁目から246(青山通り)を渋谷方向へ歩くと、イチョウ並木入り口の左右に築かれた段ボールとブルーシートのお城が見えてくる。「パビリオン・トウキョウ」のひとつ、会田誠の《東京城》(2021)だ。ホームレス愛用のチープで丈夫な素材を使って、中心が空っぽなハリボテの「東京城」を建てるという発想が秀逸だ。以前、ホームレスのたまり場だった新宿西口にゲリラ的に段ボールのお城《新宿城》を築いたことのある会田だが、今回は明治天皇の事績をたどる聖徳記念絵画館を正面に見据える絶好のロケーションに、東京都のお墨付きを得て設置。プランを出した会田もエライが、それを実現させた事務局や関係者もエライ。ちなみに、この日は台風の去った後だけに吹き飛ばされてないか心配だったが、表面は段ボールとブルーシートだけど内部は補強してあるため、ちゃんと建っていた。安心した反面、ちょっぴり不満でもあったのは、吹けば飛ぶような東京城であってほしかったからだ。積み上げた段ボールがつぶれていく過程を見せた野村仁のように、この「東京城」も崩壊していく姿を見たいなあ。
246を少し入った梅窓院の岩の周囲に、時代物の扇風機を並べたのはデイヴィッド・ハモンズ。《ロックファン》(1995)という題名を聞くと脱力してしまうこの作品、前にも見たことあるなあと思ったら、26年前にヤン・フートを総合監督に招いて行なわれた「水の波紋95」に出品されたものの再展示だった。再展示作品はほかにも、簡易物置小屋をインスタレーションに使った川俣正の《プレファブリケーション・東京/神戸》(1995)、その屋根の上にピンク色のいびつな物体を載せたフランツ・ウエストの《たんこぶ》(1995)など、いくつかある。この川俣+ウエストの作品がある246の一本裏は昔、都営団地が建っていたところ。その半分はいつの間にか取り壊されてきれいに再開発されていたのだ。その外苑寄りには解体を待つ無人の都営団地がひっそりとたたずみ、路地に面して小さな公園がある。梅沢和木はそこの遊具をコラージュした巨大壁画《くじら公園アラウンドスケープ画像》(2021)を掲げている。これは力作。(上記3点は「水の波紋展2021」)
246を渋谷方面に進むと、国連ビルの前に巨大なお椀が見えてくる。木材をつなぎ合わせて穴だらけの半球体にした平田晃久の《Global Bowl》(2021)だ。その先の、閉鎖されたこどもの城とその前に立つ岡本太郎のモニュメントのあいだには、木を組んで植木鉢を並べた藤原徹平の《ストリート ガーデン シアター》(2021)がある。この2人は建築家で、どちらも「パビリオン・トウキョウ」の出品作品。よくも悪くも建築家の作品は優等生的で、会田誠のようなトゲがない。
さらに渋谷方向に進んで右に折れると、学校跡地を利用した渋谷区の分庁舎があり、その前に車体を巨大カメラに改造した軽トラが止まっている。フランスのアーティストJRが世界各地で展開している《インサイドアウトプロジェクト》(2011-)で、希望者のポートレートを撮影し、大きく引き伸ばして屋外に展示していく作品だ(「水の波紋展2021」)。庁舎内では「パビリオン・トウキョウ」の草間彌生、「水の波紋」の笹岡由梨子や竹川宣彰らが展示していたが、屋内作品は割愛。
パビリオン・トウキョウ2021
会期:2021/07/01〜2021/09/05
会場:新国立競技場周辺エリアを中心に東京都内各所
ビクタースタジオ前/明治神宮外苑 いちょう並木入口/国際連合大学前/旧こどもの城前/渋谷区役所 第二美竹分庁舎/代々木公園 パノラマ広場付近/kudan house庭園/浜離宮恩賜庭園 延遼館跡/高輪ゲートウェイ駅 改札内
公式サイト:https://paviliontokyo.jp/
水の波紋展2021 消えゆく風景から — 新たなランドスケープ
会期:2021/08/02〜2021/09/05
会場:東京・青山周辺 27箇所(岡本太郎記念館、山陽堂書店、渋谷区役所 第二美竹分庁舎、テマエ、ののあおやまとその周辺、梅窓院、ワタリウム美術館とその周辺)
公式サイト:http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202108/
2021/08/10(火)(村田真)
トミモとあきな/森本眞生 作品展「The Facing Mirrors」
会期:2021/08/16~2021/08/22
Place M[東京都]
このところ、表現力を開花させつつある同世代の女性写真家の2人展である。トミモとは銀座ニコンサロンなどでの発表を重ね、2020年に最初の写真集『mamono』(Place M)を刊行した。森本は瀬戸正人が主宰するワークショップで学び、今年3月に初個展「わたしの森」(Place M)を開催した。2人とも日常に潜む「魔」のようなものを鋭敏に嗅ぎ当て、ヴィヴィッドな色彩を強調するカラー写真に焼き付けていく。それぞれ25点ずつの作品を、同一画面にカップリングして展示した本展では、互いの写真の世界が融合することで、さらにパワーが増すことを期待したのだが、予想通りにはいかなかったようだ。
ひとつには、横位置の写真を上下に重ねたレイアウトの作品が多かったので、やや平板で意外性に乏しい組み合わせになったということがあるだろう。縦位置同士の写真も数点あったのだが、そちらの方が緊張感のある構成になっていた。また、2人の写真の親和性が強すぎて、あまり区別がつかないということもあった。もし、今後もユニットとして活動していくならば、同じ被写体を撮り下ろしたり、写真の大きさにメリハリをつけたりするなどの工夫が必要になってくるのではないだろうか。
トミモとも森本も、写真家として一皮剥けていく大事な時期に差しかかっている。今回の2人展は、むしろソロとしての活動をスケールアップしていくための契機と捉えたい。きっかけさえつかめれば、2人とも次のステップに踏み出していくことができそうだ。
2021/08/16(月)(飯沢耕太郎)
コウノジュンイチ写真展「遠ざかる風景」
会期:2021/08/09~2021/08/22
ギャラリー蒼穹舎[東京都]
コウノジュンイチがギャラリー蒼穹舎で発表し続けている写真の世界は、このところほとんど変わりがない。2015年に写真集『ある日』(蒼穹舎)を刊行してからも、一定の撮り方、見せ方にこだわり続けている。8月9日~15日、16日~22日の2部構成で展示された本展でも、旅の途上と思しき光景を、やや距離を置いて撮影し、赤錆のような色調に焼き付けたプリントが並んでいた。道を行く人、路傍の猫、寂れたたばこ屋、公園のベンチの後ろ姿の人物、金魚のクローズアップなど、既視感を感じさせる眺めを丁寧に拾い集めている。まさに「遠ざかる風景」というタイトルそのものの写真群である。
見方によっては、変わりばえのしない、後ろ向きの写真の集積といえるが、展示を見ているうちに、その私小説的な味わいが、じわじわと心に食い込んでくるように感じた。ここから何かが生まれてくるかといえば、あまり期待はできないだろう。だが、その赤錆色の眺めは、意外に長く記憶に残っていきそうな気がする。これもまた、日本の写真家たちが長年にわたって積み重ねてきた、日記や随筆のような写真行為、写真表現のあり方のひとつの到達点といえるかもしれない。そう考えると、コウノの写真のたたずまいは、日記的な文章と相性がよさそうにも思える。写真とテキストを組み合わせた展示も考えられるのではないだろうか。
2021/08/16(月)(飯沢耕太郎)
パビリオン・トウキョウ2021、水の波紋展2021 消えゆく風景から ─ 新たなランドスケープ(後編)
[東京都]
先日見逃したキラー通り(外苑西通り)沿いの作品を見る。ワタリウム美術館にも何人か展示しているが、館内作品は省略。美術館の先のビルの裏に広がる空き地を舞台に、SAIDE COREが《地球 神宮前 空き地》(2021)と題して7組のアーティストをフィーチャーしている。空き地に柵を設けて導線をつくり、その先に駐車場の「Times」の黄色い看板を10枚ほど展示したり、スケボー用のスケートパークを設置したり。その脇には打ち捨てられた数台のキャリーケースのふた半分が切り取られ、なかに空き地の雑草が移植されている。さらにその奥にはバリー・マッギーが落書きした小屋があり、見上げるとビルの屋上の看板に描かれたマッギーのグラフィティが目に入るという趣向だ。その空き地の一角に、何台もの監視カメラを取り付けた小屋が建っているのだが、周囲をブルーシートで囲われて立ち入り禁止になっている。あれはなんなの? そんなナゾも含めて、この空き地が「水の波紋」のなかでいちばん「波紋」を呼んだ作品だ。
さらに進むと、新国立競技場の手前の空き地に野菜を植えたファブリス・イベールの《たねを育てる》(2008)がある。「アートで街を野菜畑にする」というプロジェクトで、江戸野菜を育てているそうだ(「水の波紋展2021」)。その先に建つのは、「パビリオン・トウキョウ」の藤森照信の《茶室「五庵」》(2021)。芝に覆われた台形の基壇の上に、見晴らし台のような茶室を載せたつくり。予約しなかったので入らなかったが、イベールの畑ともども都会のど真ん中にこんな田舎の時空が出現するのは悪くない。
思えば、最初の「水の波紋95」が開かれたのは、バブル崩壊後とはいえ、まだ日本経済に勢いのあった時代。ところがその後、経済的には停滞しているのに、2度目のオリンピックもあって東京は再開発に沸き、このへんの風景もだいぶ変わったし、また現在も変わりつつある。今回の「水の波紋」はそんな変わりつつある都市の隙間を見つけ、うまく作品を潜り込ませることができたと思う。その点では、建築家が主体となって訪日客に日本文化を紹介しようとした「パビリオン・トウキョウ」より刺激的だった(もっとも「パビリオン・トウキョウ」の企画もワタリウム美術館だが)。もうこうなったら、「水の波紋」は4半世紀に一度、「パビリオン・トウキョウ」は次の東京オリンピックが開かれる半世紀後(?)くらいに、また開いてみたらどうだろう。25年と50年に一度の芸術祭。そうすれば、都市の変化と同時にアートの移り変わりも浮き彫りにされるはずだ。
パビリオン・トウキョウ2021
会期:2021/07/01〜2021/09/05
会場:新国立競技場周辺エリアを中心に東京都内各所
ビクタースタジオ前/明治神宮外苑 いちょう並木入口/国際連合大学前/旧こどもの城前/渋谷区役所 第二美竹分庁舎/代々木公園 パノラマ広場付近/kudan house庭園/浜離宮恩賜庭園 延遼館跡/高輪ゲートウェイ駅 改札内
公式サイト:https://paviliontokyo.jp/
水の波紋展2021 消えゆく風景から — 新たなランドスケープ
会期:2021/08/02〜2021/09/05
会場:東京・青山周辺 27箇所(岡本太郎記念館、山陽堂書店、渋谷区役所 第二美竹分庁舎、テマエ、ののあおやまとその周辺、梅窓院、ワタリウム美術館とその周辺)
公式サイト:http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202108/
2021/08/18(水)(村田真)