artscapeレビュー
2023年02月15日号のレビュー/プレビュー
田口るり子「OUT OF NOISE」
会期:2023/01/12~2023/01/19
CO-CO PHOTO SALON[東京都 ]
田口るり子が2020年に東京・目黒のコミュニケーションギャラリーふげん社で開催した個展「CUT OFF」は、彼女にとって大きな転機となったのではないだろうか。同作品は、新型コロナウイルス感染症の拡大による緊急事態宣言の時期に、自宅で髪を切るというパフォーマンスを撮影したセルフ・ポートレートである。写真を通じて、自己の存在のあり方をしっかりと見つめ直したこの作品を発表後、田口はむしろ積極的に外に出て撮影するようになった。本展には、ここ一年余りで撮影したというモノクロームのスナップショットが並んでいた。
被写体の幅はかなり大きい。常に変化し続けていく「曖昧で流動的」な事物に、あまり構えることなくカメラを向けている。「構図や見栄えなどへの欲や、自己のなかにある他者由来の物差し」をできる限り排除し、心のおもむくままにシャッターを切ることで、自分が何を、どのように見ているのかをあらためて確認しようという作業の集積ともいえるだろう。特に、小さめのフレームにおさめた写真54枚をモザイク状に配置したパートに、彼女の意図がよくあらわれていた。ただ、全部が黒白写真だと、田口の真骨頂ともいえる被写体へのヴィヴィッドな反応が、うまく伝わらなくなりそうだ。カラー写真も混じえていくことで、より膨らみのあるシリーズになっていくのではないだろうか。
公式サイト:https://coco-ps.jp/exhibition/2022/11/972/
関連レビュー
田口るり子写真展「CUT OFF」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年12月01日号)
2023/01/13(金)(飯沢耕太郎)
安珠「ある少女の哲学」
会期:2023/01/18~2023/02/12
CHANEL NEXUS HALL[東京都]
安珠の写真家としての世界が花開きつつある。2018年7月~8月にキヤノンギャラリーSで開催した「ビューティフルトゥモロウ~少年少女の世界」で、彼女の真骨頂というべき演劇的な要素をたっぷりと含み込んだ物語世界を開示してみせたのだが、今回の展示ではそこにさらに奥行きと深みが加わってきている。
「少女」というテーマは、安珠にとって運命的な必然というべきもので、「見えないものこそが大事であり、それを見たい」というアーティストとしての希求のすべてを込めた、テンションの高いパフォーマンスを、完璧な技術力で作品化していた。「少女」は単純にイノセントで儚くも美しい存在としてではなく、社会的なプレッシャーに自ら抗い、自由を求めて羽ばたこうとする強さを秘めた姿で描き出されている。『不思議の国のアリス』『赤ずきん』『青い鳥』などの物語、あるいはジョン・エヴァレット・ミレーの《オフィーリア》などの絵画を下敷きにしつつ、それらを換骨奪胎してイマジネーションをふくらませていった。天使の羽根のようなリボンのイメージを随所にちりばめた会場構成も見事な出来栄えである。
「写真千枚以上」をつなぎ合わせたという映像作品(音楽:細野晴臣)も含めて、完成度の高いシリーズとして仕上がっていたが、まだどこか最後までやりきっていないという印象も残る。「少女」の造形が、西欧の白人のそれに寄りかかりすぎているのがやや気になった。この方向性をさらに進めていけば、死、病、エロス、狂気といった要素すらも取り込んだ、より広がりのある「少女」像も視野に入ってくるのではないだろうか。
公式サイト:https://nexushall.chanel.com/program/2023/anju/
関連レビュー
安珠「ビューティフル トゥモロウ 少年少女の世界」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2018年08月01日号)
2023/01/19(木)(飯沢耕太郎)
仙台コレクション 2001-2022 1万枚のメッセージ
会期:2023/01/21~2023/03/21
仙台文学館[宮城県]
「仙台コレクション」は、伊藤トオルを中心に、仙台在住の写真家たちが2001年から展開している写真撮影のプロジェクトである(参加者はほかに大内四郎、片倉英一、小滝誠、佐々木隆二、斉藤寿、松谷亘など)。彼らは仙台市内の建物、道路、階段、歩道橋、記念物などの外観を、精度の高い中判以上のカメラを使って、できる限り正確、かつ網羅的に記録し、「コレクション」として保存、公開することを目標として活動を続けてきた。今回仙台文学館での展示は、その数が当初からの目標であった1万枚に達したことを記念し、ひとつの区切りをつけるために開催されたものである。
印刷されて会場に並ぶ1万枚の写真群は、まさに圧巻としか言いようがない。数だけでもギネス級だが、その1枚1枚に、建造物に纏わりつく記憶が宿っていることに思い至ると、その厚み、重みは計り知れないだろう。会場のモニターには、その全点を閲覧できる映像データが流されていたが、それらを全部見ると8時間以上かかるのだという。
このプロジェクトには、写真とは何かをあらためて問い直す、さまざまな契機が含まれている。たとえば、個々の写真家の思いと、あくまでも客観性に徹する撮影のスタイルにどう折り合いをつけるのかという問題があった。「仙台コレクション」では、どの地域のどの建造物を撮るのかは、メンバーの判断に委ねられているが、撮り方については、モノクロームで、全面にピントを合わせ、建物の水平、垂直をきちんととるなどの厳密なルールを定めた。とはいえ、それぞれの写真を仔細に検討していくと、写真家一人ひとりの「個性」が画面に滲み出てきているように感じるものも多い。
「仙台コレクション」のスタートの時点では、アナログのフィルム、カメラを使っていた。ところがプロジェクトの進行中に写真を巡る環境が大きく変わり、デジタルカメラに切り替えざるを得なくなった。そのことによって、やはり一枚の写真を撮影し、プリントするプロセスが、やや集中力を欠いた流れ作業になってしまったということもあったという。メンバーのひとりが、もし最初からデジタルカメラを使っていたら、このプロジェクトは成立しなかったのではないかと話していたことが印象深かった。
間に2011年の東日本大震災を挟み込んでいることで、「仙台コレクション」は、当初考えていた以上の意味をもつようになったともいえる。震災とその後の復興の過程で、それ以前に記録していた建造物の大部分が姿を消してしまうことになったからだ。1万枚という目標には達したが、「仙台コレクション」の写真アーカイブとしての営みは、これから先もさらに重要性を増しつつ続いていくはずだ。さしあたり、100枚余りをピックアップした「ベスト版」の写真集の計画もあるという。仙台以外の場所での展示も考えられるのではないだろうか。
公式サイト:https://www.sendai-lit.jp/6167
2023/01/21(土)(飯沢耕太郎)
How is Life? ─地球と生きるためのデザイン
会期:2022/10/21~2023/03/19
TOTOギャラリー・間[東京都]
経済思想・社会思想を専門とする斎藤幸平の著書『人新世の「資本論」』を一昨年あたりに読み、相当感化された私にとって、本展は大変に興味深い内容だった。いま、SDGsが叫ばれる世の中だが、本当にこれらの項目を実行するだけで地球環境を劇的に変えられるのだろうか。以前から薄々と感じていたそんな疑問に対し、同書は否と明確に答えを突き付けてくれた。本展もまた然りである。ライブラリーコーナーに「キュレーター会議で取り上げられた」という書籍が何冊か並んでいたのだが、現に、そのなかに同書も入っていたことに頷けた。
近代以降、人類は経済成長のための活動をずっと続けてきたが、さまざまな面で限界に達したいま、これ以上の成長を望むことは正しいのだろうか。そんな根本的な問いに対し、本展は「成長なき繁栄」という言葉で返す。そう、人類をはじめ地球上に棲むすべての生物がこの先も持続的に繁栄していくためには、経済成長を前提とする必要はもうないのだ。生産、消費、廃棄といった従来のサイクルで物事を捉えることを我々はいったん止め、皆が真に豊かになれる方向へ大きく転換しなければならない。そうした考えに基づいた草の根運動やプロジェクトが、いま、世界中で実践され始めているという。塚本由晴、千葉学、田根剛、セン・クアンといった第一線で活躍する建築家・建築史家4人がそれらの運動やプロジェクトを収集し紹介したのが本展だ。
農業や林業、里山の仕組みを見直すといった類のプロジェクトも多く紹介されていたが、私がむしろ興味を引かれたのは都市のあり方である。特にパリをはじめ、ヨーロッパの都市が積極的に変わろうとしているのには好感を持てた。例えば車や鉄道に代わり、改めて着目されている移動手段は自転車だという。より人間に近いモビリティが求められているというわけだ。そこで問われるのが自転車道を優先した都市計画で、パリやチューリッヒなどではすでにそうした試みが始まっているという。
結局、既成概念にとらわれていては何も変えられない。この危機的状況を脱するには、より柔軟な発想が必要となる。最後に観た作品「How to Settle on Earth」は、その点で非常に刺激的な内容だった。建築家・都市計画家のヨナ・フリードマンが「地球の再編成」をテーマに軽妙なイラストながらラディカルな提案をしていて、目が釘付けになった。地球および人類の未来のためには、もしかすると国境すらも取っ払う必要が出てくるのかもしれない。
公式サイト:https://jp.toto.com/gallerma/ex221021/
2023/01/21(土)(杉江あこ)
世界のブックデザイン 2021-22
会期:2022/12/10~2023/04/09
印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]
本展は、ドイツ・ライプチヒで毎年開かれる「世界で最も美しい本コンクール」の受賞図書をはじめ、その前哨戦である各国のブックデザインコンクールの受賞図書が一堂に会す展覧会である。書籍などの執筆・編集に携わる身としては、いつも多くの刺激をもらえるので楽しく観覧している。今年も痛感したのは、欧文のタイポグラフィの自由度だ。象形文字や表意文字をもつ日本や中国と違って、欧米諸国は表音文字しかもたない。したがって一つひとつの文字自体に意味がない代わりに、彼らは書体に意味を持たせる。日本では考えられないほど文字を大胆にレイアウトしてそのページに何かしらの意味を持たせるのも、もしかしてそのためではないかと想像する。
文字の扱いが大胆になると、写真の扱いも大胆になるのか。今年、私がもっとも目を引いた本は金賞受賞の『Met Stoelen』だ。これは「椅子」をテーマにしたオランダの学生作品で、まさに目から鱗が落ちるような写真のレイアウトに挑んでいた。同書の特徴は、椅子の写真を見開きで何ページにもわたり載せていることなのだが、これがひと癖ある手法になっていた。最初は右から左へとページを繰るかたちを取るのだが、途中から椅子の写真が90度傾いた状態で登場するため、読者は自然と本を90度傾け、上から下へとページを繰るかたちを取る。そこで気づくのは、片ページに椅子の背もたれ、もう片ページに椅子の座面が来るように写真がレイアウトされていることだ。つまり本を開いた時に垂直になる形態を生かし、写真でありながら椅子の立体性を再現したのだ。本は2Dであるとばかり思い込んでいたところ、綴じ目であるノドを上手く使えば、3Dにもなることに気づかされたブックデザインだった。
もうひとつ紹介したいのは、日本からの唯一の受賞作である銅賞受賞の藤子・F・不二雄『100年ドラえもん』である。豪華愛蔵版全45巻セットということで、とにかく豪華なつくりだった。まず、ドラえもんの道具のひとつである「タイムふろしき」に全巻が包まれているのが心憎い。ふろしきを解くと、15冊ずつ収まった三つの箱が現われる。箱の表面にはお馴染みのキャラクターたちが金の箔押しで描かれている。1冊1冊の本は小ぶりながらすべてハードカバーで、糸綴じで製本され、色鮮やかなシルクスクリーン印刷によって懐かしの漫画が蘇る。これは明らかに往年の大人のファンに向けたセットだろう。かつて廉価な少年漫画誌で連載された漫画が、まさかこんなにも豪華に生まれ変わり、世界で認められるとは。そのつくり手の気合に感服した作品だった。
公式サイト:https://www.printing-museum.org/collection/exhibition/g20221210.php
関連レビュー
世界のブックデザイン 2020-21|杉江あこ:artscapeレビュー(2022年02月15日号)
2023/01/21(土)(杉江あこ)