artscapeレビュー
英国叙景──ルーシー・リーと民芸の作家たち
2014年12月01日号
会期:2014/10/11~2015/01/04
アサヒビール大山崎山荘美術館[京都府]
大山崎山荘美術館は、かつて、実業家、加賀正太郎(1888-1954)の私邸であった。加賀本人の設計で30年もの月日をかけ山野を開拓して建てられたという。所蔵コレクションである濱田庄司ら民芸運動の作家たちの作品も、建物同様彼の遺産である。同館では「英国叙景──ルーシー・リーと民芸の作家たち」展が開催されているが、今回とくに目を奪われたのは関連展示「加賀正太郎と『蘭花譜』」である。
加賀が学生時代にわたった英国で出会い、帰国して自らの手ではじめた蘭花の栽培は、その後、彼の終生の趣味となった。山荘に温室をつくり、英国から蘭を輸入し、ときにはインドネシアやフィリピン、ボルネオ、インドへと蘭の生態調査に出かけ、より美しい優良種を求めて人工交配による品種改良に励んだという。蘭栽培とはまったく贅沢で高尚な趣味である。その最たるものが版画集『蘭花譜』であろう。木版画83点、カラー図版14点、単色写真図版7点の104点で構成された本譜は、1946年に300部限定版として第一輯が自費製作された。本展ではそのなかから木版画を中心に20点ほどが展示されている。原画は当時無名画家であった池田瑞月が、木版の彫刻は大倉半兵衛が手掛け、摺師は大岩雅泉堂であった。学術的記録という当初の目的を超えて、「古来の浮世絵中実に希有」 とまで制作を指揮した加賀本人をして言わしめたというのもうなずける出来映えだ。たとえば葛飾北斎の花鳥版画と比べれば、モチーフが蘭だけにバタ臭さはぬぐえない。描写はただ写実的かつ緻密なばかりで、色彩の陰影は切れを欠く。しかしだからこそ、不思議なバランスの構図や背景のうっすらとした奥行きがかえって際立ち、画面全体から和とも洋ともつかない不思議な存在感が浮かび上がってくる。訪れるたびに独特のたたずまいに惹かれる山荘美術館、その魅力の奥深さを垣間みる思いがした。版画集『蘭花譜』は、2012年には当時の版木を用いて再摺し復刻されている。[平光睦子]
2014/11/01(土)(SYNK)