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安達哲治『バレエコンクール──審査員は何を視るか?』

2014年12月01日号

発行所:健康ジャーナル
発行日:2014年8月8日


日本には100あまりのバレエコンクールがあるらしい。さらに、海外留学を提供しているコンクールも七つ以上はあるのだという。日本は世界有数のバレエ人気国だ。本書は、そうした日本にあって、コンクールのなかでバレエの審査はどう行なわれているのかを明らかにした、とても画期的な著作である。作者の安達哲治は日本バレエ協会の理事で、全日本バレエコンクール組織委員を務めている──つまり審査を長らく務めてきたインサイダーによって審査の内実が語られているものなのである。故に研究書ではなく、きわめて実践的な観点から本書は編まれている。ところで筆者(木村)は、コンテンポラリー・ダンスの批評を10年以上行なってきた。そのなかで、コンテンポラリー・ダンスではダンスの価値が過去と現在においてどのように定められてきたのかにずっと興味をもってきた。筆者自身の評価の基準はいくつかあげられるけれども、個人というよりは社会がどのようにジャッジしてきたのか、その審査のもとにはどんな考え方が横たわっているのかが知りたくて、BONUSというサイトで「トヨタコレオグラフィーアワード2014」の審査委員に依頼し、選評を執筆してもらうプロジェクトを先日行なったばかりだ。コンテンポラリー・ダンスは、古典的なダンスをベースにしていながら、それとは別の道を進んでいくところに固有性がある、それゆえにその価値は多様だ。それに比べれば、安達哲治が指し示すバレエの審査基準は、じつにさっばりと簡潔なところがある。ひとつの強いメッセージは、基本をきちんと習得せよ。個人的に解釈することで、基本を歪めてはならない。なるほど、以前、赴任している大学の教え子から、日本のバレエ教育は、実践ばかりで理論や歴史を学ぶ機会はとても乏しいと聞いたことがある。YouTubeなどが隆盛を誇っている時代にあって、うわべを真似ることは容易くなった反面、一つひとつの動きが秘めている本質は見過ごされがちだということも起きているのだろう。「教養」を学べと強調するところに安達の筆致からは、いらだちも感じられる。バレエ人気の背後に隠れた大きな課題が露わになっている。

2014/11/28(金)(木村覚)

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