2019年10月01日号
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artscapeレビュー

ミヤギフトシ『ディスタント』

2019年08月01日号

発行所:河出書房新社

発売日:2019/04/20

現代美術家・ミヤギフトシ(1981-)の「デビュー作」と銘打たれた本書には、ミヤギが2017年より雑誌『文藝』に発表してきた「アメリカの風景」「暗闇を見る」「ストレンジャー」という三篇の小説が収録されている。それぞれの語りの視点こそ異なるが、その中心にいるのは、沖縄に生まれ、大阪の専門学校を経て、ニューヨークの大学で写真を学ぶ若きアーティスト志望の男性だ。これまでのミヤギの作品、とりわけ「American Boyfriend」というシリーズに触れたことがある者にとって、これらがいわゆる「私小説」のたぐいであることは一読して明らかだろう。

美術家による小説作品、というのは過去にも例がないわけではない。古くは「尾辻克彦」のペンネームで芥川賞を受賞した赤瀬川原平のような例もあれば、近いところでは『この星の絵の具』という三部作の自伝小説を刊行中の小林正人のような例もある。しかし、ミヤギフトシという作家にかぎって言えば、ここ数年の小説への進出はなかば必然的な流れであったのではないか、と思わせるところがある。というのも、ミヤギがこれまで発表してきた作品は、《The Ocean View Resort》(2013)や《花の名前》(2015)のような映像作品であれ、《Bodies of Water》(2014)や《How Many Nights》(2017)のようなインスタレーションであれ、映像・音楽・写真・オブジェ等の組み合わせにより立ち上がる、詩情あふれる物語性をつねに伴っていたからだ。

しかしそれゆえに、と言うべきか、本書を「現代美術家による小説作品」と形容することには一種のためらいもある。というのも、すでにみずからの青春の記憶を「American Boyfriend」というシリーズに託してきたこの作家の小説を、いわゆる通常の「私小説」と同一視することは不適切であるように思われるからだ。

本書『ディスタント』に収められた三作品は、さきにも触れたような語り手や一人称の変化をはじめ、隅々まで周到に書かれた見事な小説だ。しかしそのような印象のいくばくかは、作者自身の個人的な遍歴や、過去に公にされてきたこの作家の仕事を知っていることに由来しているのかもしれない(少なくとも本書が、美術家としてのミヤギフトシの作品をなかば前提としていることは明らかであるように思われる)。だとするなら、この小説はミヤギの「American Boyfriend」というプロジェクトの一部をなしていると考えるほうが、おそらく適切だろう。少なくとも筆者はこの小説を、映像作品、インスタレーション、トークイベントをはじめとする複数の形態を取ってきた、同シリーズの新たなる一歩として受け取った。先述のように、美術家が小説家として筆を執ること自体は過去にも例がないわけではない。だが、もともと現実と虚構のあわいを行くような作品を手がけてきたこの作家を知る者にとって、本書の占める位置はきわめて複雑なものとならざるをえない。率直に読めば、この物語はミヤギフトシが東京で美術家としての活動を始めるまでの、いわば前史に相当する。しかしそれは、いったいどこまでが「本当のこと」なのか──。いずれにせよ、これまでの「私小説的な」作品の上に重ねられたこの「私小説」の存在が、この作家が構築してきた作品世界をよりいっそう豊かなものにしていることは確かである。

2019/07/22(月)(星野太)

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