2019年12月01日号
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artscapeレビュー

中村稔『回想の伊達得夫』

2019年08月01日号

発行所:青土社

発売日:2019/07/01

詩人・中村稔(1927-)による、伊達得夫をめぐる回想録。伊達といえば、書肆ユリイカの創業者にして、のちに戦後を代表することになる若き詩人たちを世に送り出してきた伝説的な編集者である。あまり知られていないことかもしれないが、現在青土社から刊行されている雑誌『ユリイカ』は、伊達の死後に清水康雄が故人の遺志を継いで──伊達のそれと同名の雑誌として──創刊したものだ。中村稔は大作『私の昭和史』(青土社)でも伊達得夫の回想に少なくない頁を割いているが、その後『ユリイカ』に書き継がれた「私が出会った人々」でも、伊達については例外的に連載3回分が割かれている。本書の前半(第一部)にはそれら既発表原稿に加え、伊達の生前は詳らかにされることのなかった稲垣足穂との交流を追ったエセーが収められている。また本書の後半(第二部)では、伊達の生い立ちや高校・大学時代の活動をめぐる貴重な伝記的事実が明らかにされている。

伊達得夫という編集者の仕事ぶりについては、長谷川郁夫『われ発見せり──書肆ユリイカ・伊達得夫』(書肆山田、1992)や、田中栞『書肆ユリイカの本』(青土社、2009)をはじめとする先行する書物に詳しい。また、生前に伊達が書き残したものについては、『詩人たち──ユリイカ抄』(平凡社ライブラリー、2005)が幸いにして現在でも入手できる。それでもなお本書が興味深いのは、これが中村稔という詩人・弁護士の目を通した、戦後詩のある側面を伝える貴重なドキュメントになっているからだろう。著者は、あるときは刊行物の奥付や検印を手がかりに、原口統三『二十歳のエチュード』をはじめとする作品の刊行経緯をごく客観的な手法により問い詰める。いっぽう、著者の知る伊達の人柄を捉え損ねていると見える記述に対しては、ごく主観的な断言をもってこれを否定することも少なくない。本書は伊達得夫の生涯を追った包括的な伝記でもなければ、書肆ユリイカという出版社についての網羅的な研究書でもない。終始、脱線や連想を恐れない自由なスタイルで書かれた本書は、表題が示すように「回想」と形容するほかないものだろう。まるですべてを所定の型にはめていくかのような昨今の風潮のなかで、こうした自由な書物に出会えることは、おそらくそれなりに稀有な幸運であるように思われる。

2019/07/22(月)(星野太)

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