artscapeレビュー
本田晋一「7years in 上海 “質感の王国”」
2022年04月15日号
会期:2022/03/18~2022/03/31
本田晋一はなかなか面白い経歴の写真家である。1957年に京都で生まれ、大阪芸術大学写真学科を1年で中退後、スタジオを点々としながら、広告写真を撮影し始めた。その後、シンガポールに6年、ロンドンに半年、ニューヨークに5年滞在し、90年代のデジタル写真の勃興期を経て、東京でフォトグラファー、アートディレクターとして華やかな活動を展開する。2009年からは上海のスタジオと契約し、中国に拠点を移した。習近平の国家主席就任で規制が厳しくなり、日系企業も撤退したので、2018年に帰国。2019年から大阪芸術大学写真学科教授を務めている。
今回のSony Imaging Gallery 銀座での個展は、その上海滞在中に撮影したスナップ写真によるものである。7年間で5万枚を撮影したというが、普段のコマーシャルの仕事とは違って、好きなものを好きなように撮るという姿勢が徹底されており、風通しのいい写真群になっている。当時の上海には「1910~30年代の美しいネオクラシックなアールデコの館」がまだ普通に残っており、過去と現在、ヒトとモノとがアナーキーに混在する活気あふれる眺めを見ることができた。本田は過度に感情移入をすることなく、それらの細部に目を配り、むしろ淡々とカメラを向けていった。結果として、本作では上海をまさに「質感の王国」として捉え直す、新たな視点を提示することができた。
コロナ禍で外遊ができなくなったので、上海での撮影は中断しているが、本シリーズはまだ完結したわけではない。だが他にもいくつか、今後に手掛けたい作品のアイディアも固まりつつあるという。彼のユニークなキャリアを活かす機会も、より増えてくるのではないだろうか。
2022/03/26(土)(飯沢耕太郎)