artscapeレビュー

libido:Fシリーズ episode:03『船の挨拶』

2022年04月15日号

会期:2022/04/01~2022/04/10

せんぱく工舎1階 F号室[千葉県]

libido:の所属俳優によるひとり芝居シリーズ「libido:F」が鈴木正也出演のepisode:03『船の挨拶』をもって完結した。古典落語をもとにした『たちぎれ線香』、筒井康隆の短編小説を演劇として立ち上げた『最後の喫煙者』と続いた同シリーズのラストを飾ったのは、1956年に三島由紀夫自身の演出によって文学座で初演された短編戯曲の上演だ。

舞台はある小さな島に立つ灯台の足もと、崖の上に立つ見張り小屋。そこに詰める灯台守の青年は、独り窓から海を眺め、船の通過を報告することを業務としている。船とのあいだに交わされるのは信号旗による儀礼的な挨拶のみ。そんな我が身を「若い身空をこの小さな島にとぢこもって」「俺は一体何なんだ?」と省みる青年は「船が、まつたく船がよ、ほんのちょつと、俺に感情を見せてくれたらなあ。ほんのちょっと、でいいんだ。好意ぢやなくたつていい。悪意だつて、はつきりした敵意だつて……。さうしたら! 俺と船とは、俺と太平洋とは、俺と世界とは、いつぺんにつながるんだが……」と夢想する。と、海峡の真ん中に停泊する見慣れぬ黒い船。甲板に出てきた水夫はどうやら見張り小屋に向けて銃を構えているらしい。それを見た青年は「狙へ」「射つんだ」と身を晒してみせる。応じるように放たれる銃弾。暗転した舞台から「待つてゐたものが、たうとう来たんだ」と途切れ途切れの声が聞こえ、やがて静寂が訪れる。


[撮影:畠山美樹]


演出の岩澤哲野は上演にあたってこの戯曲に二つのレイヤーを加えている。ひとつ目は、青年のモデルとなった灯台守に三島が宛てた手紙や回想録などに記された言葉。もうひとつは、もとは社員寮の一室であるせんぱく工舎F号室という場所でこの戯曲を上演しているという現実それ自体だ。言い換えれば、libido:版『船の挨拶』の上演には、戯曲というフィクションの前後にある取材/執筆と上演という二つの現実が折り込まれているのである。

冒頭、舞台奥の掃き出し窓から鈴木が入ってくる。どこからか飛んできた紙飛行機を開くとそれは手紙のようで、そこには「あの島は忘れがたい島である」からはじまる言葉が連ねられている。手紙を読み上げた鈴木はそれを再び紙飛行機のかたちに折り客席へと放るが、紙飛行機は舞台と客席とを仕切るアクリル板にバツンと音を立てて衝突する。その瞬間、窓の外にガラガラとシャッターが降り舞台は闇に閉ざされる。上演はこのようにしてはじまる。


[撮影:畠山美樹]


舞台奥に窓があるのは戯曲の指定であり、青年は本来、ここから海を見張ることになっているのだが、岩澤はその窓を冒頭で閉ざしてみせることで外界との隔絶を強調する。鈴木の衣装は戯曲が指定するワイシャツではなく部屋着のようなゆったりとしたものであり、室内のところどころには白い紙で折られた船が置かれている。libido:版の上演はその全体が自室で過ごす青年の夢想のようにも見えるのだ。

その夢想を中断するように時折「外」から舞い込んでくるのが紙飛行機だ。そこに記された三島の言葉は「島」の暮らしとそこに住む人々を称賛するようでいて、しかし無意識に「島」を下に見ているようなニュアンスも滲む。「僕の今一番ほしいのは時間で、君の時間をわけてもらへたら、今みたいにコセコセした仕事でなく」云々。灯台守の青年の外の世界への憧れと三島の「島」へのまなざしはすれ違っている。


[撮影:畠山美樹]


[撮影:畠山美樹]


見張り小屋に流れる弛緩した時間と灯台守の倦怠を立ち上げる鈴木の演技は巧みだ。そこにはインターネットを通じて世界の情報を仕入れながらコロナ禍を自室で過ごす人々の姿が、そして島国・日本の姿が重なってみえる。そしてそれは何より、青年を演じる鈴木の、演出の岩澤の、この作品を上演するlibido:の似姿でもあるだろう。

再び明かりがつくと、銃弾に倒れたはずの青年がそこに立っており、シャッターを開けて窓の外の世界へと出ていく。私と世界との交流はしばしばすれ違い、それはときに傷となる。戯曲に描かれた灯台守は世界からの反応があったことに満足して死んでいくが、libido:版の青年は傷を受けながらも再び外の世界へと出ていく。コロナ禍においてlibido:が選択したのは、拠点とするせんぱく工舎F号室で所属する俳優と演出家とが一対一で向き合う「libido:F」シリーズを展開し、自分たちの活動を見つめ直すことだった。そのシリーズの締めくくりとしてこれ以上ふさわしいラストシーンはない。窓の外には神戸船舶装備の工場が見えている。せんぱく工舎の名前の由来にもなったそこは船の内装などを手掛ける会社であり、libido:のロゴにも外界へと漕ぎ出す船の姿が描かれている。外に出ていく鈴木の姿に、それができる世界への願いと、社会のなかで、松戸という街に拠点を置いて活動をしていくのだというlibido:の改めての決意表明を見た。


[撮影:畠山美樹]



[撮影:畠山美樹]



libido::https://www.tac-libido.com/


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