artscapeレビュー

PERFECT DAYS

2024年02月15日号

会期:2023/12/22

TOHOシネマズシャンテほか[全国]

近年、ウェルビーイングという言葉が注目されている。これは肉体的にも、精神的にも、社会的にもすべてが満たされた状態を指す。本作を観ていて、この言葉がふと浮かんだ。役所広司が演じる主人公は、東京・渋谷で公共トイレの清掃員として働く男である。いわゆる3Kのブルーカラーで、決して裕福とは言えない独り身の暮らしを送っているにもかかわらず、なぜだか満たされているように見えるのだ。毎日、日が昇る前に目を覚まし、薄い布団を畳み、身支度と植木の手入れを済ませて、駐車場の自動販売機で缶コーヒーを買い、仕事道具を積んだミニバンに乗る。その動きには無駄がいっさいない。もう何十年と続けているルーティーンであることを想像させる。そんな男の淡々とした日々を通して描かれるのは、小さな喜びや驚き、人間関係などである。



監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
製作:柳井康治
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
製作:MASTER MIND 配給:ビターズ・エンド
2023/日本/カラー/DCP/5.1ch/スタンダード/124分 © 2023 MASTER MIND Ltd.



一見、ストイックな暮らしに見えて、彼にもささやかな楽しみがある。仕事へ向かう途中に車内でカセットテープを通して聴く昔の音楽、昼休みにフィルムカメラで撮る樹木や木漏れ日、仕事終わりに一番乗りで入る銭湯、いつもの大衆居酒屋で飲むチューハイ、就寝前の読書、そして休日に通う古本屋や美人ママのいるスナック……。身の丈に合った暮らしに納得し、つねに几帳面で、品良く振る舞えるのはなぜなのか。その理由を解き明かすヒントとして、物語の中盤で登場する姪と妹の存在から彼の出自を思わせる会話が交わされる。結局、ウェルビーイングとは自己が生み出すものであり、それはどんな境遇であろうと、自分の心持ちや姿勢次第でいくらでも可能であることをこの男が証明している。



もともと、本作は世界的な建築家やクリエイターらが東京・渋谷の公共トイレを個性的な空間に改修していく「The Tokyo Toilet」プロジェクトをきっかけに生まれた企画で、依頼を受けたヴィム・ヴェンダースが映画監督を務めたのだという。こうした社会課題への取り組み方があるのかという学びにもなったと同時に、さすがはヴィム・ヴェンダースというべき映画のクオリティで、カンヌ国際映画祭での受賞やアカデミー賞でのノミネートもすでに取り沙汰されている。


PERFECT DAYS:https://www.perfectdays-movie.jp


関連レビュー

ヴィム・ヴェンダース『PERFECT DAYS』|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2024年01月15日号)

2024/01/28(日)(杉江あこ)

2024年02月15日号の
artscapeレビュー