artscapeレビュー

捩子ぴじん『ストリーム』

2024年02月15日号

会期:2023/12/13~2023/12/15

若葉町ウォーフ[神奈川県]

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。捩子ぴじん『ストリーム』を観ながら『方丈記』の冒頭を思い浮かべていたのは、タイトルからの連想だけが理由ではない。neji&co.名義のコロナ三部作(『Sign』『Cue』『Out』)のスピンオフとして制作されたこの作品には、コロナ禍を過ごす捩子の生活や新型コロナウイルスを巡る諸々など、(作中で明示されるものとしては)2020年から2022年当時の出来事が痕跡として刻み込まれている。いまとはまったく異なるものとして流れていたはずの時間はしかし、やがて現在へと流れ込む同じ流れなのだ。2023年3月の京都での初演から6、7月の東京での上演、そして私が今回立ち会った12月の横浜での上演。上演の現在は『ストリーム』に刻まれた時間から少しずつ遠ざかっていく。

ここから先では作品の具体的内容に触れることになるが、『ストリーム』東京公演の記録映像はVimeoで無料配信(ストリーミング!)されている。読み進める前にぜひそちらをご覧いただきたい。


捩子ぴじん『ストリーム』 from neji&co. on Vimeo.


『ストリーム』の上演は過去を上演の現在に改めて呼び込むものとしてあり、そのことは冒頭からはっきりと示されている。捩子が紙に書いていく文字を音響を担当するmizutamaが読み上げるかたちで上演前の諸注意が行なわれるのだ。文字はリアルタイムで書かれ、そして読み上げられていくが、声は必ず遅れて発せられ届けられる。声と同時に届くのは、少し先に読み上げられることになる文字を書きつけるペン先の音だけだ。書きつけられ過去となった文字は読み上げられることで再び現在へと合流し、そこに少し先の未来を走るペン先の音が並走する。その後も、『ストリーム』の言葉の多くは上演台本を読み上げるかたちで、あるいは録音した声を再生したものとして発せられる。複数の時間の流れが現在において束ねられる。


捩子ぴじん『ストリーム』京都公演[撮影:脇田友(スピカ)]


まず語られるのはある日の捩子の起床の場面だ。夢から覚め、妻子を起こさぬよう布団を抜け出し、隣室で鳴っているスマートホンのアラームを止める。スヌーズと1週間後の天気予報、2匹の飼い猫、排泄、沸かした湯の冷めていく茶碗。いくつもの時間の流れが並行して走る朝。語る声はやがてマイクを介して増幅されたものになり、録音されたものになり、そして再びマイク、捩子自身の声へと戻っていく。


捩子ぴじん『ストリーム』京都公演[撮影:脇田友(スピカ)]


ユニークなのは、語りのところどころでその内容とは関係なく照明が明るくなったり暗くなったりし、その度に捩子が「まぶしー」「くらーい」と朗読を中断する点だ。内容に集中しているかぎりにおいて過去と現在とのズレが意識されることはないが、語りの中断は観客の意識を現在へと引き戻す。朗読の中断が文字を読むという行為を成立させるための条件である光量の変化によるものなのだからなおさらだ。ここにさらにバリエーションが加わる。暗闇に一瞬の閃光。それを受けて捩子が発する「ピカッ、ゴロゴロゴロ」という言葉はこれが雷であることを示し、するとそれまでは上演が行なわれている空間の物理的な条件に過ぎなかった光量の変化も自然のそれに引きつけて見ることができるだろう。日は巡り時は流れる。

呼応するように次の場面では「2020年1月6日/中国武漢で原因不明の肺炎」にはじまるコロナ禍のタイムラインが語られていく。コロナ禍における主に日本の出来事が録音された声で語られる合間に肉声で語られる捩子自身の身に起きた個人的な出来事。京都市のゴミ収集の仕事をはじめたこと、給付金の申請、入籍、証券口座の開設、ワクチン接種、妻の妊娠、子の誕生、新型コロナウイルスへの感染等々。やがて語りは人間の意識と時間、生と死を巡る思索へと展開していき、ゴミ収集の仕事で目撃したという蛆、つまり蝿の子が無数にたかるゴミ袋を経由して子を育てはじめた捩子自身の日々についてのそれへと合流するだろう。


捩子ぴじん『ストリーム』京都公演[撮影:脇田友(スピカ)]


そうして訪れる最後の場面は忘れがたい。子を高い高いするかのようにゴミ袋を空中へと投げ出す捩子。床へと落下するたび、ゴミ袋からはヘドロ状のものがこぼれ落ちていく。そこに重ねられる言葉はこうだ。「依ちゃん、ウクライナに生まれてこなくてよかったね」。捩子の父のものだというその言葉は繰り返されるうちにすぐさま「ウクライナに生まれてこなくてよかったね」「生まれてこなくてよかったね」と変化していく。これを祝福と呼ぶべきだろうか。そして辿り着く「よかったね」とそれに応じる「よかったね」という捩子自身の言葉にはしかし、どこか突き抜けた肯定の響きを感じもしたのだった。


捩子ぴじん『ストリーム』京都公演[撮影:脇田友(スピカ)]


このレビューが公開される2月15日(木)から北千住のBUoYでneji&co.「コロナリポート」としてコロナ三部作が上演される。15・16日は『Cue』の、17日は『Sign』『Out』の上演となる。『ストリーム』で使用されたテキストは『Out』の一部としても使用されているらしい。


neji&co.:http://nejiandco.com/
『ストリーム』記録映像:https://vimeo.com/908223743

2023/12/13(水)(山﨑健太)

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