artscapeレビュー

20歳の国『長い正月』

2024年02月15日号

会期:2023/12/29~2024/01/08

こまばアゴラ劇場[東京都]

光陰矢の如し。気づけば一年が経っている。一方に去年と大して変わらぬ新年があり、一方にあまりに大きな変化とともに迎える新年がある。いずれにせよ一年という時間だけは確実に流れていて、その繰り返しで重ねる年月の先には老いが、そして死が待っている。時間は残酷なまでに公平に流れ続ける。

2023年の年末から年明けにかけて上演された20歳の国『長い正月』(作・演出:石崎竜史)の物語はちょうど百年前、関東大震災が起きた1923年の大晦日にはじまる。ソーントン・ワイルダーの一幕劇『長いクリスマス・ディナー』の構造を借りたこの作品は、木村家の居間を舞台とする百年の歳月を100分の上演時間に圧縮して観客の目の前に展開してみせるものだ。単純計算で1分で1年。とはいえもちろん早回しで百年を演じるわけではなく、ある年の大晦日がシームレスに次の年の、あるいは数年先の大晦日へと移り変わるようなかたちで舞台上の時間は進行していく。場面転換と言えるものは一幕と二幕のあいだの一度きり。いまが何年であるかが舞台上に示されるわけでもない。ゆえに、例えば観客は、関東大震災が3年前の出来事として言及されてはじめて、「いま」がもはや1923年ではないことを、あれから3年もの年月が経過していることを知ることになる。文字通り、気づかぬうちに年月は過ぎ去っていくのだ。


[撮影:金子愛帆]


そうして過ぎゆく年月のうちには当然、死もあれば新たな生命の誕生もある。舞台上手からの登場が誕生を、下手からの退場が死を意味しているのも『長いクリスマス・ディナー』を踏まえた趣向だ。木村家は1876年生まれのトミ(Q本かよ)を最年長にその息子・博(熊野晋也)と妻・ふく(菊池夏野)、その長男・勝一(埜本幸良)と長女・寿美(田尻祥子)、勝一の妻・園子(櫻井成美)、勝一夫妻の長女・智恵(Q本)と長男・健太(熊野)、そして智恵とその夫・里見の娘である2000年生まれのひかる(菊池)と百年のうちに五世代をまたぎ、隣家で代々神職を務める田崎家もトミと同級の宮司、その息子で博の幼馴染の克也(藤木陽一)、その養子・春彦(山川恭平)、そして春彦の孫の清春(藤木)と同じだけの世代をまたぐだろう。


[撮影:金子愛帆]


トミの死、勝一・寿美の誕生、そして博の死。それぞれの人生において大きな意味をもつはずの出来事もこの舞台においては次々と観客の前を通り過ぎていく。どうやら博は戦時中に亡くなったらしい。そう、戦争である。恐ろしいことに、気づいたときには日本は戦争へと突入していたのだった。気づいたときには、というのは観客である私の体感だが、それが登場人物たちの、当時を生きた人々の実感ではないと、あるいは2024年の現在と無関係なものだと果たして言い切れるだろうか。気づけば時間が経ってしまっているのは平時だけではない。

いずれにせよ、時間の経過は決して取り返しのつかないものだ。ゆえにしばしば人は選ばなかった人生へのifを抱えたまま生きることになり、ときにそれは苦い後悔へと転じることになる。もしあのときああしていたら/していなかったら。選ばなかった人生が実現することはもちろんない。だが、取り返しのつかない出来事もやがてほかの出来事と同じように過去のものとなっていくだろう。時間は残酷で優しい。だから、後悔があるならば生きているうちに行動し、そこから先の未来を変えていくしかない。いや、そんなことは知っているはずだ。それでも時間があると思っているうちに取り返しがつかなくなってしまうのが人間である。誰もが大なり小なり取り返しのつかない後悔を抱えて生きている。だからこそ、息子・健太との関係の修復を望みながらも「まだ遅くない」と繰り返すうちにそれを果たさず亡くなってしまう勝一の姿が胸に迫るのだ。


[撮影:金子愛帆]


『長い正月』の締めくくりには、舞台上で演じられた百年の出来事を振り返る走馬灯のようなシーンが用意されている。そこに紛れ込むようにして束の間浮かび上がるのは、父と息子を含めた家族四人がともにマリオカートに興じる場面だ。実現することのなかったその現実は、しかしたしかにその瞬間、ほかの現実と同じだけのたしかさをもって舞台の上に存在することになるだろう。現実は取り返しがつかない。だがだからこそ、その演劇的な嘘に慰めを見出すことくらいは許されてもいいではないか。

『長い正月』という作品の魅力は構造と同じかそれ以上に具体的な細部やエピソードの積み重ねによって支えられている。だが、百年にわたる家族史と12人もの登場人物たちそれぞれの物語のすべてをここに書ききることは不可能だ。いや、本来それは100分の演劇作品で描ききれるものでもないだろう。しかし石崎の筆と俳優たちの演技は登場人物たちを舞台の上に生き生きと説得力をもって立ち上げ、百年=100分という時間に見事に命を吹き込んでみせた。無情なる時の流れを前に人の一生が儚く過ぎゆく様を描いたこの作品が、それでもそれぞれの人生を力強く肯定していたと思えるのは、舞台に立つ人々がそこにたしかに生きていたからにほかならない。改めて大きな拍手を送りたい。


[撮影:金子愛帆]


[撮影:金子愛帆]


20歳の国:https://www.20no-kuni.com/

2024/01/04(木)(山﨑健太)

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