artscapeレビュー
田中一村 新たなる全貌
2010年10月01日号
会期:2010/08/21~2010/09/26
千葉市美術館[千葉県]
「孤高の画家」として知られる田中一村の本格的な回顧展。近年新たに発見された作品や資料を含む、250点あまりの作品が一挙に展示された。大量の作品をリズムよく見せる展示構成と、堅実な研究調査によって、じつにみごとな企画展となっていた。一村といえば奄美の自然を描いた絵が代名詞になっているが、生誕の地である栃木、絵を学んだ東京と千葉、そして画業を集大成する地として移り住んだ奄美と、一村が生きた時代に沿った展観を見ていくと、一村の絵が幾度も技法的な転換を遂げていることがわかる。当初の南画から写生への転向、勢いのある筆使いと繊細で緻密な描写、写真から描きおこした肖像画や奄美の自然をとらえたモノクロ写真など、一村の創作活動のふり幅はかなり大きい。ただ、そのなかでも終始一村をとらえて離さなかったものがある。それは、陰への意識だ。中央画壇と決別するきっかけとなったといわれる《秋晴》(1948)や、同じように夕暮れの農村を描いた《黄昏》はともに木々や家屋を逆光のなかでとらえているし、奄美時代の作品にしても、印象深いのは色鮮やかな魚の絵より、むしろ墨で塗りつぶしたパパイヤやソテツの絵だ。このとりつかれたように墨に執着する一村の構えは、おそらく南画時代の粘着的な描線に由来しているとも考えられるが、一村はただたんに墨を好んで用いていたわけではないだろう。墨の暗さがあるからこそ、熱帯の花々の艶かしさや干した大根の乾いた白さが際立っているように、一村は陰と陽を同時にとらえようとしていた。そして、それを多くの画家のように中立的な立場から描くのではなく、あくまでも陰の立場に重心を置いていたところに、一村ならではの特徴がある。陰への強い意識は、光に対して正面から向き合い、それをどうにかして画面に定着させようとする構えの現われにほかならない。
2010/08/31(火)(福住廉)