artscapeレビュー
2012年11月15日号のレビュー/プレビュー
泉洋平「いくばくの繭」
会期:2012/09/15~2012/10/07
studio90[京都府]
京都市内でも中心部からは離れた場所にある、泉洋平、田中真吾、森川穣という3名のアーティストの制作スタジオである「studio90」。ギャラリースペースも設けられたここでは、頻繁にではないが、立ち上げ以来彼らの企画による展覧会が行なわれてきた。その12回目にして、このスペースでの最後の展覧会として開催されたのが泉洋平の個展。最終日になったが私も足を運んだ。会場は一見普通の住宅建築で、玄関で靴を脱いで室内に上がる。展示室に続く暗い通路の先をしゃがんで先に進むように案内があった。それにしたがいしゃがんで光の射すほうへ進むと、期待以上の光景が広がっていたので興奮。じつにあっと目を見張るようなインスタレーションだった。真っ白な糸が部屋の四方八方に張り巡らされており、中心は今展のタイトルのとおり、繭を想起させる球状の空間になっていた。中心部分では鑑賞者は立ち上がって中を体験することができるのだが、そこに立つとこの球状の空間が、すべて真っすぐ、直線に張った糸によってできているということがよく理解できる。向きや角度によっては、それぞれの糸の線は光の加減で見えたり見えなかったりするため、全体に朧げで儚げな印象があるのだが、そのイメージとはうらはらの緻密な構成を思い知り、たいへん細やかな仕事ぶりにただ感心。そして床に寝転がったときの眺めが素晴らしい。窓からの採光で、無数の糸の表情が移り変わっていくのだが、その有り様が非常に豊かで美しく、いつまでも見ていたかったほど。「studio90」の最後を飾るのにふさわしい展覧会だった。泉の今後の発表もとても楽しみだ。
2012/10/07(日)(酒井千穂)
Melting Core──支持体に関する5つの考察
会期:2012/09/07~2012/10/07
Gallery OUT of PLACE[奈良県]
造形表現における「支持体」に注目した展覧会。といっても今展は、さまざまな表現に見られる支自体の多様性を提示するというものではなく、作品そのものが支持体と密接に関わりながら成立する表現をとおして、それぞれの作品における支持体の在り方、作家や作品との関係を探っるというもの。木製パネルに幾重にも塗った分厚い絵の具(の層)を、彫刻刀で彫ったり削ったりして再構成した蛇目という作家の絵画作品、キャンバスに孔を穿ち、裏側からその孔を通して絵の具をスクィーズした(絞り出した)関智生の作品なども興味深かったが、ここでは特に、原稿用紙やノートなどを大量に揃えてカットし束ねたものを色のついた液体に浸して乾燥させた百合一晶の一連の作品《水平線》に惹かれた。百合の作品には、紙の膨張や木枠の変形など、どれにも制作の過程で起こった自然現象による影響、変化の様子が現われている。たんに液体の色が紙に染み込む時間の予想だにしない偶然性や自然の驚異といったことではなく、紙という「支持体」に「自己」としての表現(という行為)と「他者」である自然(の現象)との出会いの瞬間が顕現したそれらが、新たなものを発生させる、そんな未来の期待や可能性のイメージを喚起していくのが素敵だ。自然風や光などを制作工程に取り入れ、時の経過やその移ろいを美しく見せるアーティストや作品はほかにもあるが、百合の表現は創作行為の根源そのものにもアプローチしていて深い。今回は久しぶりの発表であったが、長いあいだ温めていたものの成果を見せてもらった気分で嬉しかった。次は個展を見たい。
2012/10/07(日)(酒井千穂)
丹下健三《戦没学徒記念若人の広場》
[兵庫県]
竣工:1967年
淡路島へ向かう。スケルトンのタマネギ小屋が点在する畑の風景がおもしろい。丹下健三による《戦没学徒記念若人の広場》を見る。モニュメント的な造形だが、同時に起伏のあるランドスケープとも複雑に関わり、いわゆる丹下的ではない空間の特徴もあわせもつ。経年変化によって建築の裸形がむきだしになっており、かえってすごい迫力をかもし出す。
2012/10/07(日)(五十嵐太郎)
遠藤秀平+陶器浩一《福良港津波防災ステーション》、 遠藤秀平淡路人形座》
[兵庫県]
遠藤秀平が手がけた、東日本大震災の前に竣工した《福良港津波防災ステーション》と、この夏にオープンした《淡路人形座》を見学した。両者ともに津波避難ビルの役割をもつ。前者は曲面壁により水力を受け流す水門制御・港内監視の施設である。後者はエキスパンドメタルを型枠に用いた特殊な構法で、コンクリートも少し膨らむ物質感と素材感が印象的だ。
2012/10/07(日)(五十嵐太郎)
森山大道「LABYRINTH」
会期:2012/09/28~2012/11/11
BLD GALLERY[東京都]
「これは反則ではないのか」と言いたくなるような、面白い展示だった。フィルムのコマをそのまま焼き付けたコンタクト・プリント(密着印画)を見せることは、写真家にとっては勇気がいることだと思う。彼がどんな対象に向けて、どんなふうにシャッターを切っているのかが、一目瞭然になるからだ。それでも森山大道ぐらいになると、コンタクト・プリントを人目にさらすことになんの躊躇もなく、むしろそのことを愉しんでいるようでもある。
今回展示されたのは104×144.4�Bのサイズに大きく引き伸ばされたコンタクト・プリント(写真弘社によるバライタアートプリント)で、そこにぎっしりと森山の旧作が詰まっている。しかも、そこでは1960年代から2000年代までの写真が、年代を飛び越えて、アトランダムにコラージュされて並んでいるのだ。『にっぽん劇場写真帖』(1968)、『狩人』(1972)、『写真よさようなら』(同)から『光と影』(1982)、『サン・ルゥへの旅』(1990)を経て『新宿』(2002)、『Buenos Aires』(2005)まで、つい写真集で見慣れたイメージを探してしまうのだが、それが目に入ってきたとき、軽いショックに襲われてしまう。前後の画像とのかかわりによって、そのたたずまいが相当に違っているのだ。さらにトリミングや焼き込みのような暗室技術を駆使することによって、森山がいかに魔術的な画像操作を行なっているのかが、まざまざと見えてくる。コンタクト・プリントをあらためて確認することで、森山の写真を形づくっている地層のような構造が浮かび上がってくるのだ。まさにスリリングな展示と言えるだろう。
なお、展覧会にあわせて写真集『LABYRINTH』(AKIO NAGASAWA PUBLISHING)も刊行された。300ページを超えるイメージの迷宮。これまた、ページをめくる手が止まらなくなるほどの異様な面白さだ。
2012/10/08(月)(飯沢耕太郎)