artscapeレビュー

2014年07月01日号のレビュー/プレビュー

前原冬樹 展「一刻」

会期:2014/05/28~2014/06/04

Bunkamura Gallery[東京都]

三井記念美術館で7月13日まで開催中の「超絶技巧! 明治工芸の粋」展は、安藤緑山をはじめ並河靖之や濤川惣助、正阿弥勝義、柴田是真など、文字どおり金銀珠玉を集めた展覧会。現在ではほぼ再現不可能と言われる超絶技巧の粋を間近で堪能できる貴重な機会だ。
興味深いのは、そうした数々の逸品が、多くの場合、無名の職人たちによって制作されたものだという事実である。正体が謎に包まれている安藤緑山は別として、並河靖之は本人が直接手を掛けていたわけではないし、薩摩焼の精巧山や錦光山も窯の名称だ。蛇や昆虫などが可動する自在置物の明珍という名前も、甲冑師の流派を指している。特定の個人による作品に普遍的な価値を与える近代的な芸術観とは対照的に、明治工芸の多くは優れた技術と才能に恵まれた無名の職人たちによる集団制作だったのだ。
明治工芸の技術は残念ながら継承されることはなかった。けれども、その類まれな質を、いまたったひとりで追究しているのが、前原冬樹である。前原が彫り出す造形はおおむね一木造り。板の上でつぶれたカマキリや、鉄板の上に置かれた折り鶴、平皿に載せられた食べかけの秋刀魚などを、すべてひとつの木の塊から彫り出している。寄木細工のように組み合わせるのではなく、あくまでも一木にこだわる執着心がすさまじい。しかも油絵の具で精巧に着色しているから、木材の材質感を感じさせずに事物を忠実に再現しているのだ。
前原の作品の特徴は、過去への志向性にある。錆びついた空き缶やトタン板、そしてセミの抜け殻。過ぎ去りし日を思い偲ばせるような叙情性が強く立ち現われている。侘び寂びと言えば確かにそうなのかもしれない。だが、あえて深読みすれば、前原は途絶えてしまった明治工芸のありかを手繰り寄せようとしているように見えなくもない。前原が木の塊に見通しているのは、たんなる郷愁ではなく、断絶された歴史、ひいてはその再縫合なのではないか。
ただ、明治工芸の職人たちが視線を向けていたのは、むしろ現在である。並河靖之や濤川惣助の七宝はヨーロッパ各国の万博で高値で売れたからこそ、あれほどまでに技術が高められたのであるし、安藤緑山にしても、当時最先端の技術を駆使しながら明治期に流入した新しい野菜や果物を制作していた。つまり、明治工芸は明治における現代アートだったのだ。
だからといって前原の作品が現代アートでないというわけではない。あらゆる歴史が過去を振り返りながら未来に進むように、同時代のアートには現在と過去、そして未来が混合しているからだ。であれば前原は未来をも彫り出していることになる。明治工芸から前原冬樹の系譜は、高村光太郎や荻原碌山以来の近代彫刻とは異なるもうひとつの歴史であり、それが現在再生しつつあるとすれば、「彫刻」はいよいよ相対化され、その束縛を解き放つ契機が生まれるはずだ。歴史は複数あり、さまざまな歴史がある。現代アートの歴史もひとつではない。そこに未来があるのではないか。

2014/05/30(金)(福住廉)

西野康造 展「Space Memory」

会期:2014/06/07~2014/06/28

ARTCOURT Gallery[大阪府]

昨秋に、ニューヨークの4WTC(4 World Trade Center)のうち、槇文彦が設計した棟に直径約30メートルに及ぶ大型彫刻《Sky Memory》を設置した西野康造。本展は彼の初の作品集出版を記念して開催され、全長約28メートルに及ぶ《Space Memory》と、直径約6メートルのリング型作品(タイトルは同名)、4WTCの作品模型と設置工事を記録した映像などを展示した。巨大な《Space Memory》が、キャンティ・レバー方式により1点だけで支えられているのはマジカルな光景で、その構造美は圧巻と言うしかない。しかも本作は、空調の風に影響されてかすかに揺れるほど繊細なのだ。まさか画廊でこれほどの作品を見られるとは思わなかった。美術ファンはもちろん、建築関係者にも大きなインパクトを与えたのではなかろうか。

2014/06/06(金)(小吹隆文)

「江戸の異国万華鏡─更紗・びいどろ・阿蘭陀」展

会期:2014/03/15~2014/06/08

MIHO MUSEUM[滋賀県]

江戸時代、オランダの東インド会社を通じてもたらされた舶来品「インド更紗・更紗・びいどろ・阿蘭陀(デルフト焼等の陶器)」が、いかに日本で受容されたかについて紹介する展覧会。170点余りの資料が展示され、見応え十分。インドの更紗で仕立てられた小袖、羽織、茶道具の袋物に加え、西欧の陶器・ガラスと、それらに影響を受けてつくられた日本の阿蘭陀写し(尾形乾山)・和ガラスをも見ることができる。なかでもひときわ目を惹いたのが、《杜若文様更紗縫合小袖》。日本の伝統的な意匠「杜若」と、20数種にも及ぶインド更紗が縫い合わされた大胆なデザインには、息をのむ。通覧して、江戸の粋の新たな面を発見した思いがする。ちなみに同館の建築を手掛けたのは、I・M・ペイ。本館正面の窓から山向こうに見えるのは、ミノル・ヤマサキによる礼拝堂。建築に興味のある方にも、ぜひ訪れてほしい。[竹内有子]

2014/06/07(土)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00025246.json s 10100450

Konohana's Eye ♯4 小出麻代 展「空のうえ 水のした 七色のはじまり」

会期:2014/06/06~2014/07/20

the three konohana[大阪府]

筆者にとって小出麻代の作品といえば、昨年に京都のLABORATORYで披露したインスタレーションが思い浮かぶ。鏡、紙、版画、鉛筆、待ち針などの、薄い、軽い、小さいものを、カラフルな糸や電気コードでつなぐことにより、繊細かつ起伏に富んだ空間をつくり上げたのだ。本展の新作でもその傾向は変わらず、構成力の高さも相変わらずであった。そして、各要素を繋ぐ糸の存在が、彼女の表現の核であることを実感した。また本展では、青写真の版画作品という新たな要素も加わっていた。これは、昨年に彼女が英国・マンチェスターに短期留学した際に身につけた新たな表現方法だ。単体でも魅力のある表現なので、今後の展開が期待できる。

2014/06/07(土)(小吹隆文)

杉浦康益 展「陶の博物誌─自然をつくる」

会期:2014/06/07~2014/08/03

西宮市大谷記念美術館[兵庫県]

石や岩を写し取ったかのような《陶の石》と《陶の岩》、大規模なインスタレーションである《陶の木立》、花や実を詳細に描写した《陶の博物誌》などの陶製オブジェ作品で知られる杉浦康益の個展。筆者は彼の作品を見た経験が少なく、《陶の博物誌》以前の仕事を見られたのが収穫だった。《陶の岩》は、まるで本物かと思うほどリアルだったが、陶以外でも可能な表現ではなかろうか。一方、《陶の木立》は、大規模なインスタレーションでありながら、ディテールを見ると陶ならではの質感が感じられた。そして、本展で最も見応えを感じたのは《陶の博物誌》であった。花や実を徹底的に観察し、その内部構造まで精緻に再現した本作は、陶である必然性云々を超え、作家の執念すら感じられるほどだった。

2014/06/10(火)(小吹隆文)

artscapeレビュー /relation/e_00026391.json s 10100470

2014年07月01日号の
artscapeレビュー