artscapeレビュー
2020年09月01日号のレビュー/プレビュー
LILY SHU「LAST NIGHT」
会期:2020/08/20~2020/09/06
コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]
中国・ハルビン出身のLILY SHU(リリー・シュウ)は、このところ多くの公募展で上位入賞を重ねており、注目度も上がってきている。高度資本主義社会に生起するさまざまな事象を、独特のフィルターを介して濾過し、再組織していくその制作のスタイルもだいぶ完成されてきた。
今回のコミュニケーションギャラリーふげん社での個展には、写真とドローイングを融合させるという新たな試みを展開した。その両者に直接的な関係はないが、「夜の夢想」というべきイマジネーションのふくらみを、ほの暗い闇のなかで増殖させていくような手つきは共通している。ドローイングのほうがやや抽象度が高いが、色味やフォルムに連続性があるので、その融合にはそれほど違和感がない。むしろ、あまりにもすんなりとつながっていることに問題がありそうだ。何点か、写真とドローイングを同一画面に合体した作品も展示していたが、もっと異質な要素が互いに衝突し、スパークしているような構成のほうが面白かったかもしれない。ただ、いまは展覧会を開催するたびに新たなチャレンジをしていく時期なので、次回はまったく違った作品になっていくのではないかという予感もある。写真にもドローイングにも、もっといろいろな可能性がありそうだ。
そういえば、LILIY SHUのデビュー作である、自室の空間を舞台に撮影した「ABSCURA」が、赤々舎から写真集として刊行されるという話をずいぶん前に聞いたのだが、まだ実現していない。そろそろかたちになってもいいのではないだろうか。
関連レビュー
LILY SHU「Dyed my Hair Blond, Burnt Dark at sea」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年08月01日号)
Lily Shu「ABSCURA_04」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2017年12月15日号)
2020/08/23(日)(飯沢耕太郎)
瞬く皮膚、死から発光する生
会期:2020/08/25~2020/11/03
足利市立美術館[栃木県]
とても充実した内容の展覧会だった。出品作家は、石内都、大塚勉、今道子、髙﨑紗弥香、田附勝、中村綾緒、野口里佳、野村恵子の8人。このような多岐にわたる作風の写真家たちによるグループ展では、担当学芸員の力量が問われるのだが、同美術館の篠原誠司による人選とキュレーションがうまくいったということだろう。
写真という表現媒体は、基本的に生の世界に向けて開いている。写真家たちは「生きている」人やモノや出来事を撮影するのだが、そこには否応なしに死の影が写り込んでしまう。あらゆるものは死(消滅)に向かって歩みを進めており、写真を見るわれわれは、その予感を感じとってしまうからだ。逆に、死のイメージに色濃く覆い尽くされた被写体(例えば死者や廃墟)に、生の契機を見出すこともある。写真家たちの仕事を見ていると、生と死が二項対立ではなく一体化していること、生のなかに死がはらまれ、死のなかから生が輝き出してくることがよくわかる。
今回の「瞬く皮膚、死から発光する生」展は、そのことをいくつかの角度から浮かび上がらせようとする意欲的な企画である。各作家の展示スペースや作品の配置に細やかな気配りが感じられ、薄い紙に画像を定着・形成する写真という表現媒体を、生と死を媒介する「皮膚」に喩える発想も、充分に納得できるものだった。
石内、大塚、今、田附の旧作を中心にした展示もよかったが、髙﨑、中村、野口、野村の新作のほうがむしろ心に残った。自分の子供にカメラを向けた中村綾緒、自宅のベランダで「きゅうり」を撮影した野口里佳の写真には、死を潜り抜けた生の輝きが、画面に溢れ出る「光」として写り込んでいる。単独で山中を歩き回り、篩で濾すように「静けさ」を掴み出してくる髙﨑紗弥香の作品には、さらに大きく成長していく可能性を感じる。生と死の交錯を写真に刻み込む野村恵子の新作「SKIN DIVE」も、次の展開が期待できそうだ。「見てよかった」と思う展示は、じつはそれほど多くないが、この展覧会は確実にそのひとつだ。今年の写真展の最大の収穫となるかもしれない。
2020/08/24(月)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス | 2020年9月1日号[テーマ:皮膚]
テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、足利市立美術館(栃木県)で2020年11月3日(火・祝)まで開催中の展覧会「瞬く皮膚、死から発光する生」にちなみ「皮膚」。このキーワード関連する、書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
「皮膚」関連書籍 購買冊数トップ10
1位:青空
生まれた所や皮膚や目の色で、いったいこの僕の何がわかるというのだろう──。いつの時代に口ずさんでも同じ強い力を持っている、ザ・ブルーハーツの名曲「青空」を絵本化。吉本ばななのメッセージも収録。
2位:マルドゥック・スクランブル The 2nd Combustuion−燃焼 完全版(ハヤカワ文庫 JA)
少女は戦うことを選択した──人工皮膚をまとい、高度な電子干渉能力を得て再生したバロットにとって、ボイルドが放った5人の襲撃者も敵ではなかった。ウフコックが変身した銃を手に、驚異的な空間認識力と正確無比な射撃で、次々に相手を仕留めていくバロット。しかしその表情には強大な力への陶酔があった。やがて濫用されたウフコックが彼女の手から乖離した刹那、ボイルドの圧倒的な銃撃が眼前に迫る。緊迫の第2巻。
3位:ANIMAL MODELING 動物造形解剖学
皮膚にあらわれる骨格の凹凸、動きによって形を変える肢体の筋、光と影による筋肉のかたち──。造形家の視点からとらえた、動物造形解剖学の決定版。ハリウッド造形界のトップの立体作品を彫刻レクチャーとともに収録する。
4位:島々百景
その音楽を産んだ土壌に、人々に会いたくて旅に出るのだ。なぜその音楽が生まれたのか。それを皮膚で知り、感じたいからなのだ──。歌手の宮沢和史が、音楽に誘われ旅した島々の記憶を綴る。『月刊ラティーナ』連載を書籍化。
5位:ミメーシスを超えて 美術史の無意識を問う
絵の見方、美術の歴史を「父の機能」の一党支配から解放する戦略とは? 無意識のイデオロギーを相対化し、主体、トラウマ、メディウムと皮膚、見る・触れる、メタファー・メトニミー等の観点から試行する。
5位:考える皮膚 触覚文化論 増補新版
棘の芸術、タトゥー・ブーム、皮膚の色の政治学、盲目論、世界皮膚の夢……。エスニック芸術からテクノロジーに至るまでの領域を渉猟してさぐる、時代のうごきを先鋭的に捉えた触覚文化論。
5位:どうぶつのことば 根源的暴力をこえて
人間の思索のみに閉じるアートに、皮膚の森から啼き声があがる。芸術の始まりに立ち戻り、人間がものをつくることを問い直す。人間と動物の境界に出現するアートを求めて、様々な専門家との対話の旅をする。いままでのものとは全く違う想像力と出会った鴻池朋子が、語り、書く。
8位:かなでるからだ 混声合唱とピアノのための(合唱 混声)
「皮膚、肌」「膝」「骨」「肩」の4曲からなる組曲。「人体」をテーマにした詩は肌や骨の手触り、その存在感をコミカルに描きながら、歌い手はそれを体全体で表現する。激しくビートを刻んでアクロバチックに、ときには高音を絶唱し、狂おしく優しく人生の悲喜を、体温の熱さを奏でる。
9位:クラシック野獣主義
クラシックは一度はまれば出口がない怪しくも魅惑に満ちた世界だ! 迷宮のなかで頼りになるのは自分の感性だけ。聴くことの快楽を突き詰めた達人たちのほとばしる感性に身をゆだねて皮膚感覚を研ぎ澄ませ、クラシックに耽溺しつくすための咆哮的論考集。
9位:銘機礼讃2 語りだすディテール
塗り直しライカの皮膚感覚、チープシックのリコーカメラ、指のパワーを保存するカメラ、気になるカメラがひしめきあう、カメラエッセイ。「銘機礼讃」から4年、待望の続編。
9位:CGテクスチャプロ技55 現場で使える実践テクニック+フリー素材
大理石、土、木、ヘアライン、人の皮膚、紙……。3DCG作成において頻繁に使用するテクスチャを厳選し、その作成方法を分かりやすく解説。写真撮影のコツや動画のマッピングなども掲載。
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artscape編集部のランキング解説
「『皮膚』は、人の存在そのものを包んで成り立たせる役割を担っています。私たちは『皮膚』を通して、他者や光景の中に宿る無数の命と、生涯を通じ呼応し続けています」。これは足利市立美術館で開催中の、写真を中心とした企画展「瞬く皮膚、死から発光する生」のステートメントからの引用です。今回のランキングでも、書誌情報の本の説明のなかに「皮膚で知る/感じる」「皮膚感覚」といった表現が用いられていたことでランクインしている本が少なくありません。皮膚は感覚器官のひとつとして日常のなかで敏感に機能し、人々に強いイメージを想起させ続けているのでしょう。
その文脈で特に注目したいのが、5位にランクインした『考える皮膚 触覚文化論 増補新版』。写真家/映像人類学者である著者が古今東西の彫刻、絵画、写真、広告、あるいは民俗学的なアプローチから、皮膚を「脳のひろがり」として捉え直し、触覚についての思索をアップデートできる豊かな一冊です。続けて読むのにおすすめしたいのは、牛革などを素材に用い、「表皮」のイメージを観る者に喚起させる《あたらしい皮膚》《皮緞帳》などの作品でも知られるアーティスト・鴻池朋子による対談集『どうぶつのことば 根源的暴力をこえて』(同列5位)。鴻池が、考古学やおとぎ話の研究者などさまざまな分野の専門家と対峙し「芸術の始まり」をめぐって語る言葉には、先述の『考える皮膚』との親和性が感じられるところもあり、彼女の作品だけでなく、芸術作品全般の見方が拡張されるはず。
一方、ザ・ブルーハーツの楽曲世界を絵本化した『青空』(1位)や、金属繊維による人工皮膚を移植された少女が主人公として戦うSF作品『マルドゥック・スクランブル The 2nd Combustuion−燃焼 完全版』(2位)など、「皮膚」というキーワードを起点に、技術書からフィクションまでバラエティ豊富なランキングになりました。暑さも次第に落ち着いてくるこれからの季節、環境の変化にも身体感覚を研ぎ澄ませつつ、読書を楽しんでみてください。
2020/09/01(火)(artscape編集部)