artscapeレビュー

2020年09月01日号のレビュー/プレビュー

竹内公太「Body is not Antibody」

会期:2020/07/18~2020/08/15

SNOW Contemporary[東京都]

DMを見ると、拙い文字で「Body is not Antibody」と書かれていて、Aの部分だけ手に持った明かりを動かして撮った「光跡写真」であることがわかる。会場に赴くと、この光跡写真に基づいて制作したフォントが並んでいる。竹内は昨年から福島県の帰還困難区域で警備員の仕事につき、交通整理のために赤く光る誘導棒を振っていたが、これで空にアルファベットを書いて長時間露光で撮影し、フォントをつくったという。バイト中その場にあるものから次の作品を発想し、制作までしてしまうという、これぞアーティストの鑑。

反対側の壁には、このフォントで作成した人の形を貼っている。これは、トマス・ホッブスの『リヴァイアサン』の表紙に描かれた巨大な王様の輪郭を抜き出して、フォントで埋めたもの。もともと表紙には王様の上半身が無数の人民の集合体として描かれており、それがフォントに置き換えられたかたちだ。竹内によれば、人民は国家が危機に瀕したとき、国という身体を外敵・異物から守るため自ら「抗体(antibody)」になるという。つまり相手が戦争であれ震災であれ新型コロナウイルスであれ、人民が同じ方向を向いて抗体となり、国家の免疫システムとして起動するというわけだ。ちなみにこの王様は王冠(コロナ)を被っている。

しかし、「Body is not Antibody」というタイトルは「身体は抗体ではない」、つまり自分の身体は国家に尽くす抗体ではないと否定する。では、自分の身体とはなんなのか。竹内は、ひとつの答えとして「エイリアン(部外者)」、とりわけ、もともと異物だったのに身体の一部と化してしまったミトコンドリアを例に挙げる……。こなれていない部分はあるものの、きわめて刺激的な見立てではないか。

2020/08/13(木)(村田真)

宇山聡範写真展「Ver.」

会期:2020/08/13~2020/08/25

銀座ニコンサロン[東京都]

1976年、大阪出身の宇山聡範は、火山活動によって出現した日本各地の「地獄」と呼ばれる場所を撮影している。火山国の日本では、噴煙が上がったり、地下からマグマが噴出したりするのはよく見られる現象である。それにより、それぞれの場所に赤、黄色、青といった印象的な色彩を持つ岩石や湖沼などの、独特の景観が形成されてきた。宇山は撮影にあたって、実証的な手法で歴史や自然現象にアプローチするのではなく、「それらを視覚的に受けとめ、それぞれの物語性の濃淡や生成された時代の差異を越えて再配置することで、『地獄』とは別の『解釈(ヴァージョン version)』を示し、『場所』の見方に拡がりを持たせようと」試みている。結果的に、そのやり方はうまくいったのではないかと思う。「地獄」という名称に捉われることなく、さまざまな景観をニュートラルな視点で見直すことで、表層的な眺めだけでなく、火山活動という根源的な動因を想像させることに成功しているからだ。

だが、景観を「視覚的に受けとめ」るだけでは、「解釈」の幅が広がって、どうしても場当たり的になってしまう。次の課題は、「物語」を解体した先に、写真によるもうひとつの「物語」を構築することではないだろうか。また、「地獄」という名称が、主に観光事業によって命名されていったように、これらの景観には人間の営み(鉱工業なども含めて)もまた大きく作用しているはずだ。その辺りにも目を配ることで、もう一回り大きなシリーズとして成長していく可能性を感じる。そうなると、写真の選択、見せ方も、現在とは違ったものになっていくのではないかと思う。

なお、本展は会期を短縮して、9月3日〜9日に大阪ニコンサロンに巡回する。

関連レビュー

宇山聡範「Ver.」|高嶋慈:artscapeレビュー(2016年08月15日号)

宇山聡範「after a stay」|小吹隆文:artscapeレビュー(2012年07月01日号)

2020/08/13(木)(飯沢耕太郎)

Ryu Ika展 The Second Seeing

会期:2020/08/18~2020/09/12

ガーディアン・ガーデン[東京都]

中国・内モンゴル出身のRyu Ika(劉怡嘉)の写真を見ると、いつでも「異化効果」という言葉が頭に浮かぶ。異様なエネルギーを発するモノ、ヒト、出来事が衝突し、きしみ声をあげているような彼女の写真のあり方が、まさに「異化効果」そのものに思えてくるのだ。2019年の第21回写真「1_WALL」でのグランプリ受賞を受けての今回の写真展でも、彼女の真骨頂がいかんなく発揮されていた。

会場の半分には、派手な原色のカラープリントが、天井から床までびっしりと張り巡らされている。内モンゴルで撮影された写真が多いようで、奇妙な動作をするヒトの群れに、食べ物、合成繊維の衣服、キッチュな家具などが入り混じり、ひしめき合う様は、視覚的なスペクタクルとして面白いだけでなく、どこか不気味でもある。もうひとつの会場の半分には、大きく出力されたさまざまな顔、顔、顔のプリントが、くしゃくしゃに丸めて積み上げられている。そのあいだに、TVのモニターが置かれ、監視カメラで撮影された会場の様子が流れていた。

とてもよく練り上げられたインスタレーションなのだが、展示を通じてRyu Ikaが言いたかったのは、つねに監視され、コントロールされている現代の社会状況への、強烈な違和感のようだ。会場に掲げられたコメントに、「みている。みられている。みられている側もみられている」とあったが、写真家もまた、視線の権力に加担することを免れえないという痛切な認識が、彼女の写真行為を支えている。中国、日本、そしてフランスなど、いくつかの国を行き来しながら、写真を通じて得た新たな認識を育て上げようとしているRyu Ikaの「異化効果」は、さらにスケールアップしていきそうな予感がある。

関連レビュー

Ryu Ika 写真展「いのちを授けるならば」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年02月01日号)

2020/08/13(木)(飯沢耕太郎)

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1930ローマ展開催90年 近代日本画の華~ローマ開催日本美術展覧会を中心に~

会期:2020/08/01~2020/09/27

大倉集古館[東京都]

いまでは毎年のように海外で日本の現代美術展が開かれているが、その嚆矢こうし ともいうべき展覧会が90年前の1930年、ローマで開催された。その名も「日本美術展覧会」。通称「ローマ展」とも呼ばれるこの展覧会は、ムッソリーニ率いるイタリア政府が主催し、横山大観をはじめ日本画家80人による160件以上の作品が出品され、好評を得たという。これを全面支援したのが旧大倉財閥の2代目、大倉喜七郎で、今回はそのうち大倉文化財団が所蔵する作品を中心に25点を展示している。

1930年といえば、満州事変の前年であり、日独伊が三国同盟を結ぶのはまだ10年先のこと。なので、戦争を予感させたり不穏な空気を感じさせる作品はないけれど(今回は出ていないが、前田青邨の《洞窟の頼朝》は一種の戦争画で「ローマ展」に出品された)、ものが日本画で、しかも場所が外国なので、おのずとナショナリズムを高揚させる効果はあったはず。参考資料として出ていたローマでの集合写真を見ると、みんなスーツでキメているのに、横山大観だけが和服姿。空気を読めないのか、読んだうえでの戦闘モードなのか。

展示は「描かれた山景Ⅰ~日本の里山~」「描かれた山景Ⅱ~モノクロームによる~」「美の競演~花卉・女性~」「動物たちの姿~生命の輝き~」の4部構成。出品は大観のほか、橋本雅邦、菱田春草、川合玉堂、伊東深水、鏑木清方、竹内栖鳳ら、日本美術院を中心に官展系の画家がズラリと並ぶ。しかし、大観は型通りの日本画だし(それが大観スタイルなのだが)、玉堂は水墨画に西洋画法を折衷させたキッチュな風景画だし、古典美術の親分ともいうべきイタリア人から見れば屁みたいなもんだが、案外プリミティブなオリエンタリズムとして珍重されたかもしれない。少なくとも当時の日本の「洋画」を見せるより新鮮味はあっただろう。

といいつつ、感心した作品もいくつかあった。ボタニカルアートよろしく虫食い穴まで克明に描いた並木瑞穂の《さやえんどう》は、西洋の古典的な静物画を思わせないでもないし、2羽の闘鶏を描いた竹内栖鳳の《蹴合》は、日本画らしからぬ見事な筆さばきを見せる。この2人は油絵に進まなかったことが惜しまれる。ていうか、油絵に進んでも惜しまれただろうけど。

2020/08/15(土)(村田真)

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大塚広幸「身体の在りか」

会期:2020/08/14~2020/08/29

EMON Photo Gallery[東京都]

2005年にスタートしたEMON Photo Galleryは、今回の大塚広幸展で休業することになった。印象深い展覧会が多かったので、とても残念だが、また来年から新たなかたちで活動を再開すると聞いている。

9回目となったエモンアワードでグランプリを受賞した大塚の作品は、素材としてガラスを用いている。ガラスは人類の文明の発祥とともに歩んできた古い歴史を持つ物質であり、透過、反射、屈折といった独特の作用を備えている。大塚は液晶ディスプレイの表面を剥がし、そこに液体シリコンを塗布したガラスを密着させてRGB信号を大判カメラで撮影する。ガラスがフィルターの効果を果たすことで、ディスプレイの画像は奇妙な模様状のパターンとなる。画像そのものはインターネットから抽出されたものだが、赤を中心とした色彩を強調することで、生成・変化する力強いフォルムが生み出されていた。今回の展示では、さらにプリントを自ら制作したガラスフレームに封じ込めた。大塚はガラス職人の技術を学んでいるので、画像と素材とが一体化した彫刻作品として提示されていた。会場のインスタレーションもよく練り上げられており、エモンアワードの最終回にふさわしい、とても完成度の高い展覧会だった。

今回の展示は抽象度の高い作品が多かったが、インターネットの画像の選択をもっと具象的なものにしていけば、また別の見え方のシリーズになるのではないかと思う。さらに続けると、よりダイナミックな展開が期待できそうだ。

関連レビュー

東京綜合写真専門学校学生自主企画卒業展 カミングアパート|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2009年03月15日号)

2020/08/22(土)(飯沢耕太郎)

2020年09月01日号の
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