artscapeレビュー
2023年11月15日号のレビュー/プレビュー
生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ
会期:2023/10/06~2023/12/03
東京国立近代美術館[東京都]
棟方志功といえば、版木にスレスレまで顔を近づけてものすごい勢いで一心不乱に彫刻刀を動かす姿や、太い丸眼鏡にもしゃもしゃの髪、子供のように無邪気な笑顔の人物を思い浮かべる人は多いのではないか。そうしたキャラクターが立っている点で、彼は唯一無二の版画家であるように思う。年老いてなおあのような笑顔の持ち主だったということは、周りからずいぶん愛されていたのではないかと想像する。少なくとも東京で交流していた、柳宗悦をはじめとする民藝運動の人々は彼をとても可愛がり、重用していたことで知られる。
本展は棟方が生まれ育った青森、版画家として才能を広げた東京、戦時中に疎開していた富山と、縁のある三つの地域に焦点を当てている。それぞれの地域がいかに「世界のムナカタ」をつくり上げたのかという観点から、「メイキング・オブ・ムナカタ」のタイトルがある。私個人的には、前述したとおり、彼は民藝運動のなかで活躍した版画家というイメージが強かったのだが、今回、新たな見方を得た。それは青森という地域性だ。彼が幼い頃、青森ねぶた祭りの人形灯籠「ねぶた」に影響を受けたという解説を見て納得が行った。そもそも青森は世界遺産にもなった縄文遺跡群があることで知られ、縄文人のDNAが色濃く残る地である。青森ねぶた祭りの迫力や情熱はまさに縄文の血によるものだと言える。実際に棟方の家系がどうだったのかはわからないが、そうした縄文人の感性に感化されて育ったことには違いない。だからこそあの伸びやかで、大らかで、虚心な心持ちの作風が生まれたのではないか。
本展では「板画」や「倭画」などの作品以外に、本の装丁や挿絵、包装紙、浴衣の図案など、意外にたくさん手掛けていた商業デザインの仕事も展示されている。当時、棟方は人気作家だったにもかかわらず、頼まれた仕事をあまり断らなかったからだそうだ。いまもなお唯一無二の版画家であり続けるムナカタの魅力を再認識できる展覧会である。
生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ:https://www.munakata-shiko2023.jp/
関連レビュー
棟方志功と柳宗悦|杉江あこ:artscapeレビュー(2018年03月01日号)
2023/11/03(金)(杉江あこ)
下瀬信雄『つきをゆびさす』
発行所:東京印書館
発行日:2023/10/10
1944年、旧満洲国新京生まれ、山口県萩市に写真館を構えながら、広がりと厚みのある仕事を展開してきた下瀬信雄の業績はこれまでも高く評価されてきた。2005年に第30回伊奈信男賞を、2015年には第34回土門拳賞を受賞し、2019年は山口県立美術館で回顧展「天地結界」が開催されている。
だが、80歳近い年齢を重ねながらも、下瀬の創作意欲はまったく衰えていないようだ。萩のシモセスタジオに、高精度のデジタルカメラや小型ドローンによる表現領域の拡張を目指す「高精密デジタル画像センター」を併設したことを期して刊行された本書を見ても、新たな方向に踏み出していこうとする意気込みを強く感じた。
本書は「天地(あめつち)」「産土(うぶすな)」「指月(しげつ)」の三章構成である。第一章の「天地」には萩を取り巻く自然環境をダイナミックかつ細やかに捉えた写真が並ぶ。第二章「産土」には主に萩の人谷の日常、暮らしにカメラを向けたスナップ写真が、第三章「指月」には「月を指し示すのにその指先しか見ないと月を失う」という仏教用語を踏まえて、森羅万象から哲学的ともいえる思考を導き出すような写真が収録された。
画素数1億2百万画素の高精度デジタルカメラを使用し、高精細画像出力プリンターで作画したという写真群には、次の一歩を踏み出していこうという下瀬の強い思いが宿っている。それでいて、個々の写真のあり方は決して堅苦しくなく、のびやかに見る者の心を解きほぐしていくような魅力を感じさせるものになっていた。
下瀬信雄『つきをゆびさす』:https://www.inshokan.co.jp/Tsukio_yubisasu
関連レビュー
下瀬信雄展 天地結界|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年07月01日号)
2023/11/07(火)(飯沢耕太郎)
寺崎珠真『Heliotropic Landscape』
発行所:蒼穹舎
発行日:2023/11/7
寺崎珠真(たまみ)は1991年、神奈川県生まれ。2013年に武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業し、これまで新宿・大阪ニコンサロン、コニカミノルタプラザ、Alt_Mediumなどで作品を発表してきた。本作が最初の写真集となる。
寺崎が一貫して撮影しているのは、里から山に入ったあたりの雑木林の風景である。特徴的な地形や植生の場所は、あえて避けているように見える。撮影の仕方も、何事かを強調するような主観的な解釈を注意深く回避し、ニュートラルでフラットな描写を心がけている。このような、特定の意味づけを欠いた風景を、緻密に描写していくような写真のあり方は、1980年代くらいから若い写真家たちによって追求され続けてきた。特に東京綜合写真専門学校や武蔵野美術大学などの出身者によく見られる。本年(2023年)5月〜6月にphotographers’ galleryで個展「風景の再来 vol.2 芽吹きの方法」を開催した小山貢弘(東京総合写真専門学校出身)の作品にも似たような傾向を感じた。
彼らの風景写真は、フレーム内に緊密かつ複雑に絡み合った「写真」の構造を完璧に構築していくことを目指している。寺崎の本シリーズでは、それに加えて、「Heliotropic=向日性の」という表題が示すように、かなり強い太陽光によって照らし出され、編み上げられていく光と影の綴れ織りが重要なテーマになっているようだ。その狙いはとてもよく実現しているのだが、そこから先はどこに行き着くのかという課題は残る。この厳密な作業を、「写真」の美学的な達成だけに限定していくのはもったいない気がする。むろん旧来の風景写真、自然写真の枠組みにおさまる必要はないが、ここから、新たな現実認識を導き出す契機を探っていってほしいものだ。
なお、2023年11月7日〜11月20日にニコンサロンで写真展「Heliotropic Landscape」が開催された。
寺崎珠真『Heliotropic Landscape』:http://tatara.sun.bindcloud.jp/sokyusha.com/corner476506/pg4778476.html
2023/11/07(火)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス | 2023年11月15日号[近刊編]
展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
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革命と住宅
革命は「家」を否定する──社会主義の理念を実体化すべく生み出された、ソビエト/ロシアの建築の数々。しかしその実態は当初の計画からかけ離れ、狭小で劣悪な住宅環境と、建てられることのない紙上の「亡霊建築」に分離していく。理想と現実に引き裂かれた建築から見える、大国ロシアが抱える矛盾とはなにか。そしてそこで生きる人びとの姿はどのようなものだったのか。
地衣類、ミニマルな抵抗
「地衣類は科学者のみならず、「共生」──ないし「寄生」──について考えるためのさまざまなきっかけを思想家たちに提供してきた。本書はそうした過去の言説にも立脚しつつ、人新世の時代における共生の問題をあらためて俎上に載せた、詩情豊かなエッセイである。」(星野太)
関連レビュー
Vincent Zonca, Lichens. Pour une résistance minimale |星野太:artscapeレビュー(2021年10月15日号)
ユニバーサル・ミュージアムへのいざない──思考と実践のフィールドから
近年、各地のミュージアムで「さわる鑑賞プログラム」が実施されている。それは、ミュージアムを「目で見る」施設から、「全身の感覚でみる」体験の場に変えていく試みでもある。「ユニバーサル」とは、単なる障害者支援ではない。「健常/障害」という二項対立の垣根を取り払い、「誰もが楽しめる」ユニバーサル・ミュージアムを創ることで、触感豊かな共生社会の未来像を提示できるだろう。
バロック美術──西洋文化の爛熟
西洋文化の頂点、バロック様式。17世紀を中心に花開いたバロックの建築・彫刻・絵画は、ルネサンス期の端正で調和のとれた古典主義に対し、豪華絢爛で躍動感あふれる表現を特徴とする。本書は、カラヴァッジョ、ルーベンス、ベルニーニ、ベラスケス、レンブラント、フェルメールらの代表的名作を網羅。美術史上の位置づけ、聖俗の権力がせめぎ合う時代背景など、バロック美術の本質を読み解く。
New Habitations from North to East: 11 years after 3.11
アーティストで詩人の瀬尾夏美は、東日本大震災以降、岩手県陸前高田市をはじめ、近年増え続ける自然災害の被災地を訪ね、土地の人びとのことばと風景の記録を考えながら絵を描き文章を書いています。2022年、彼女はこれまで飛び石的に訪れていた被災各地を歩き直した軌跡を一冊の本にまとめることにしました。そして、写真家のトヤマタクロウが、2022年秋から2023年春にかけて岩手県北部から茨城県中部までを点と点を結ぶように辿り、各地の今の風景を収めました。
ここちよい近さがまちを変える──ケアとデジタルによる近接のデザイン
「Livable proximity=ここちよい近さ(近接)」。イタリアのデザイン研究者でありソーシャルイノベーションとサスティナビリティデザインに関する第一人者エツィオ・マンズィーニが著してくれるこの視点は、国のボーダーを超えてこれからの時代の“まち、地域、都市、ケア、コミュニティ、デジタル、経済、デザイン”への見方を変えてゆくと考えてやみません。本書は彼が記した「Livable proximity -- ideas for the city that cares」の翻訳書として、ポストコロナにこそ意味を放つこの視点・考え方・アプローチを我が国に広く伝えることを目的に、日本版オリジナルコンテンツとして当文脈における意義深い日本の事例や解説も追加されています。
沖縄画──8人の美術家による、現代沖縄の美術の諸相
沖縄という地縁だけを手掛かりに、ユニークな作品を展開する新進気鋭の美術家8名を紹介した展覧会「沖縄画―8人の美術家による、現代沖縄の美術の諸相」。同展の出品作品のほか、土屋誠一らによる「沖縄画」を巡る論考や、「東北画は可能か?」でも知られる三瀬夏之介を招いたシンポジウムを収録した記録集。
小杉武久 音の世界 新しい夏1996
今回の書籍は、芦屋市立美術博物館で1996年5月18日~7月7日に開催された「小杉武久 音の世界 新しい夏」展の図録の改訂版として出版されました。A6版 変形だった判型をB5版にし、新たに英文翻訳、図版、注釈を加えました。
スターハウス 戦後昭和の団地遺産
三角形の階段室にY字型平面をもつユニークな星形住宅(スターハウス)。板状住棟が並ぶ団地景観に変化を与え、戦後団地を象徴する建物として、1970年半ばまで日本各地で建設された建築遺産の記録。
フランク・ロイド・ライト──世界を結ぶ建築
帝国ホテル二代目本館100周年記念展覧会「フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築」展公式カタログ。華麗な装飾、自然との調和、独自の存在感を放つ造形、素材と構法の革新、未来的なヴィジョンの数々。近年のF.L.ライトの調査研究の成果を基にした、四半世紀ぶりに日本で開催される待望の展覧会。
モニュメント原論──思想的課題としての彫刻
彫刻を「思想的課題」と自らに任じ、日本近現代の政治・歴史・教育・芸術そしてジェンダーを再審に付す。問い質されるは、社会の「共同想起」としての彫像。公共空間に立つ為政者の銅像が、なぜ革命・政変時に民衆の手で引き倒される無残な運命に出遭うのか――。画期的かつ根源的な思索の書。
この国(近代日本)の芸術──〈日本美術史〉を脱帝国主義化する
気鋭の作家/キュレーター/研究者22人よる論考とインタビューによって、帝国主義が隠蔽してきた〈芸術〉、そして〈日本美術史〉なるフィクションを解体=再編し、読みかえを迫る出色の論集。
とるにたらない美術──ラッセン、心霊写真、レンダリング・ポルノ
誰もが知っているにもかかわらず、「とるにたらない」と決めつけられることによって、誰もが直視してこなかった美術の死角。それを敢えて見つめることによって、盲点の側から「美術」の自画像を浮かび上がらせることができるのではないか──(「はじめに」より)
2023/11/14(火)(artscape編集部)