2017年09月15日号
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artscapeレビュー

中尾美園 個展「Coming Ages」

2016年11月15日号

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会期:2016/10/08~2016/10/29

Ns ART PROJECT[大阪府]

中尾美園(みえん)は、京都市立芸術大学大学院保存修復専攻を修了し、歴史的絵画の保存修復に携わりながら、日本画材を用いた自作の発表も行なう作家である。中尾はこれまで、祖母の嫁入り箪笥に残された着物・帯・かんざし、京都市内の水路で拾い集めた落ち葉や植物、漂流物などを、ほぼ実寸大の「模写」「写生」によって精緻に描いてきた。
本個展では、奈良県明日香村のアートプログラムで制作した《和子切》(かずこぎれ)がまず目を引く。「切(きれ)」とは、「布」「裂」とも書き、織物の切れ端や織物そのものを指す。中尾は、村に住む「和子」という名の老婦人の嫁入り箪笥を取材し、着物や末広(扇)、三味線のバチ、へその緒など、大切にしまわれていたモノにまつわる記憶を聞き取った後、模写を行ない、絵巻として桐箱に収めた。確かな技術に支えられた描写力の高さ、「模写」に徹した客観性、図鑑的な整然とした並べ方だが、「お気に入り」「誰々からもらった思い出の品」といった記憶が丁寧な手書き文字で添えられ、繊細な手触りや柔らかさが同居している。
また、《6つの眞智子切(想定模写)》は、同じく明日香村に住む「眞智子」という名の老婦人の桐箪笥に保管されていた2つの品を描いている。天皇家とゆかりの深い橿原神宮で結婚式をあげた際に、神社から譲られた日の丸と、式で使用した末広(扇)である。ただし、国旗(の一部)と扇という同一モチーフは、6つの異なる「未来」を想定して描かれている。正常な保存、水濡れ、破れと素人によるテープ補修、火災による焼け跡、子どもの落書き、そして紛失。最後の「紛失」は、「かつてあった」姿の証左として、小さな「モノクロ写真」で代替されている。「6」という数字は、仏教で説く六道(地獄道、餓鬼道、畜生道、阿修羅道、人道、天道)の世界を絵画化した仏画にちなんでいる。
《6つの眞智子切(想定模写)》が興味深いのは、保存修復という営為の根幹への問いを内在化させている点だ。過去から伝えられたモノが被った破損や劣化の修復作業は、後世に伝え残すという側面を合わせ持っている。だが、未来の時間に私たちは介入できない。複数の「未来」に想定される、不可避的なアクシデント。その時、修復家は、モノが被った傷跡を全て抹消して「現状復帰」し、その痕跡を消し去って見えなくしてしまうのか? あるいは、傷や痛みを修復可能な/除去すべきエラーと見なすのではなく、 物理的身体に刻まれた過去の痕跡を物語る証としてどこまで残すべきなのか? そもそも、紙や布を扱う修復技術や道具は廃れずに伝承されているのか? 中尾の作品は、スキャンによるデジタルデータ化や3Dデータ保存といった時代の流れに対し、一見逆行するかのような「手描きの模写」だが、記憶とモノ、保存修復という自身の仕事、ひいては過去の想起という営みそのものへの倫理的かつ本質的な問いを重層的にはらんでいる。
また、中尾が主に扱う対象が、歴史的価値を公に認められた「文化財」ではなく、大文字の歴史でない私的な記憶であり、とりわけ女性の人生と密接に関連した着物や装飾品であることにも注目したい。そこには、精密な描写の美しさに加えて、同性として彼女たちの人生や記憶に手触りを持って寄り添おうとする、柔らかで繊細な眼差しが感じられる。


左:中尾美園《和子切》 紙本着色 2016 右:中尾美園《6つの眞智子切(想定模写)》 紙本着色 2016
© Ns ART PROJECT 2016

2016/10/29(高嶋慈)

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