artscapeレビュー

2012年07月01日号のレビュー/プレビュー

林千歩『You Are Beautiful──Love Primavera!』

会期:2012/05/23~2012/06/03

Art Center Ongoing[東京都]

昨年末の会田誠による展覧会「美術であろうとなかろうと」に参加して話題になっていた林千歩。おもに写真と動画を用いて構成された展示では、おじさんのメイクをして街中をうろうろしたり、兎になって砂浜で小さな糞の粒を落としたりする、その過剰で脱線気味の変身願望に、並々ならぬ表現意欲を感じた。本作では在籍中の東京藝術大学大学院の研究室プロジェクトで昨年夏に小豆島に赴いた林が、現地の老人たちとともに、島の伝説に基づく変身譚を演じてゆく。インスタレーションの中心に据えられているのは動画で、そこで林はマイマイカブリ(巨大カタツムリ)に扮し、老人たちは林(マイマイカブリ)に会うことで変身するのだが、その際老人たちは林が持参した若者の衣裳を身に纏うことになる。ここで起きているのは、互いに相手の世界に入り込み、つかの間、相手の世界を生きるといった、相互に相手と自分の世界を交換してみるといったパフォーマンスだ。若者風の化粧を施し、体育着に着替えた老人たちの姿は、違和感があってむずむずする。孫ほどに年齢差のある若者のリクエストに応えてあげたいという、愛情のようなものさえ透けて見える。相手の世界に入り込むという試みは、映像作家の常套手段かも知れないが、林の作品に特徴的なのは、それを試みるに際して、変身譚を全員で演じるという仕掛けを置いていること。この仕掛けが、あるいは物語というものに潜むファンタジーの力が、相互に世界を交換する変身へと彼らをやさしく誘っている。そのマジックが、展覧会タイトルにある「美しさ」を引き出しているようだった。変身させてくれたお礼としてマイマイカブリは老人たちから「宝物」(かつら、タオル、帽子など)をもらう。この宝物はボッティチェルリ『プリマヴェーラ』の登場人物を演じる老人たちのレリーフとともに、一枚の絵画に収められていた。ここでも(『プリマヴェーラ』の)物語を演じるという仕掛けが、彼らの出会いを結晶化させるのに、上手く機能していた。

2012/05/31(木)(木村覚)

川北ゆう個展 はるか遠くのつぶ

会期:2012/06/01~2012/06/30

eN arts[京都府]

川北といえば、水溶性シートに線画を描き、水をたっぷり沁み込ませたキャンバスに貼ることで、崩壊しながら定着する様を見せる平面作品が思い出される。本展でもそうした作品が出品されたが、同時にまったく新しいタイプの新作も披露された。それらは浅く水を張った水槽にタイルを沈め、水面にインクを垂らすと比重の重いインクが沈み、タイルの上に風紋を思わせる繊細な模様が描き出されるというものだ。どちらも水の性質を利用した作品ながら、イメージはまったく異なる。それでいて非常に魅力的だ。川北の表現に新たな方向性が加わったことを素直に嬉しく思う。今後の活躍がますます楽しみだ。

2012/06/02(土)(小吹隆文)

花岡伸宏「回帰:recurrence」

会期:2012/06/02~2012/06/17

Gallery PARC[京都府]

まるで無関係なモチーフや素材を合体させた彫刻作品で、常識が通用しない“意味の真空地帯”を味わわせてくれる花岡伸宏。本展では、新作3点と近作6点が展示され、近年の彼の志向がうかがえる構成となっていた。花岡の以前の作品には、人物像の肩が脱臼していたり、円筒形のご飯の塊が木を突き抜けるなど、特徴的なパターンが見られた。しかし、新作には純然たる木彫作品もある。どうやら彼は新たな領域へ踏み込もうとしているようだ。展覧会タイトルの「回帰」が何を表わしているのか、次の個展を見ればその答えが明らかになるだろう。

2012/06/02(土)(小吹隆文)

WITHOUT THOUGHT Vol.12「手を洗う|WASHING HANDS」

会期:2012/05/24~2012/06/03

アクシスギャラリー シンポジア[東京都]

「WITHOUT THOUGHT」とは「思わず……」の意味。人々の無意識の行動をテーマとして、プロダクト・デザイナー深澤直人がディレクションするワークショップの作品展である。2000年から始まったワークショップの12回目のテーマは「手を洗う」。参加者はさまざまな企業で働く現役のデザイナーたちである。蛇口のハンドルの形をしたスチールソープ、せっけんのかたちをしたブラシやミラー、それらを文様化した手ぬぐいなど、手洗いに用いる道具をメタファーとしている作品もある。腕時計や指輪を外して脇に置く、ネクタイが濡れないように胸ポケットに押し込む等々、手や顔を洗うときに無意識のうちに行なっているしぐさを形や文様に落とし込んだデザインもある。かたち、色、柄、触感が人々に「手を洗う」ことを想起させ、その仕掛けに気づいたときに「思わず」微笑んでしまう。ものと人との自然な共生関係を示す優れた提案の数々であった。[新川徳彦]

2012/06/02(土)(SYNK)

VITSŒ ディーター・ラムスがデザインした美しい棚

会期:2012/05/16~2012/06/11

デザインギャラリー1953[東京都]

ブラウン社のデザイナーとして活躍し、さまざまな家電製品のデザインを手掛けたディーター・ラムスのもうひとつの仕事が、VITSŒ(ヴィツゥ)社の家具デザインである。ヴィツゥはラムスがデザインした家具をつくるために、1959年にニールズ・ヴァイス・ヴィツゥとオットー・ツァップが設立した会社である(当時はVitsœ + Zapf)。1960年にラムスがデザインした606 Universal Shelving Systemは、アルミ製の支持具を壁に取り付け、そこに棚やキャビネットなどを自在に設置できる製品である。シンプルな構造で、組み上がった姿はとても美しい。基本的な構造は変わらないので、過去の製品にあたらしい棚を追加することもできる。同様のコンセプトによるユニット家具はこれまでにも多数つくられてきたが、現在まで50年以上にわたって共通の仕様でつくられ続けている点で606は特筆すべき存在であろう。また、ブラウンにおけるラムスのデザインはチームワークで行なわれていたが、ヴィツゥでの仕事はブラウンでの仕事以上にラムスの思想──Less, but better──が徹底しているとも言える。
 家電製品で利用される技術は変化が激しく、長期にわたって同じものを作り続けることは難しい。業界の変動も激しく、ブラウンは1980年代にはオーディオ製造を止め、1984年にジレットの子会社に、2005年にはP&G傘下になり、シェーバーを中心とした製品を製造する企業へと変わった。ヴィツゥが変わらない製品を作り続けることができるのはそれが家具だからとはいえ、その姿勢は使い捨てされないものづくりに対するひとつの答えである。[新川徳彦]

2012/06/02(土)(SYNK)

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