2018年04月15日号
次回5月15日更新予定

artscapeレビュー

2016年03月01日号のレビュー/プレビュー

康本雅子『視覚障害XダンスXテクノロジー“dialogue without vision”』

会期:2016/02/07~2016/02/11

KAAT神奈川芸術劇場[神奈川県]

見えない人が舞台に6人。20分の舞台で多くの時間行なわれたのが、コンタクトを基軸にしたインプロヴィゼーション。驚いたのは、観客として6人を見ているときに沸き起こる、なんとも言えない隔靴掻痒感。これまでまったく無頓着だったが、ぼくたち観客はダンサー=「見えるひと」という前提のもとで客席に居るのだ。その身体上の類同性をベースにして、ダンサーの挙動に同化しながら、舞台を見る。しかし、ここではその類同性が機能しない。見えない人を見る。ここには、見る者と見られる者とのあいだに断絶がある。踊る者は見えないあるいは見えにくい(視覚機能には程度の差があるとのこと)が故に、視覚以外の情報に耳を澄ませ(体を澄ませ)、相手とのダンスを継続させているようだ。観客としては、その踊り手の身体の内側で起きている感覚にチューニングしたいのだが、身体感覚から視覚を引いた踊り手の身体状態とうまく同化できずに、イライラさせられる。この状態を体感したいのならば、観客も目をつむり、さらにこのインプロヴィゼーションの渦中に身を置いて、ともに踊ることが最善なのかもしれない。それはそうとして、この上演が興味深かったのは、このイライラさせられる隔靴掻痒のなかに、舞台表現の未踏地の存在が予感されるということだ。「見えない人が舞台にいる」というだけで見る者は、いかにこれまでの観劇体験が「見える者」同士で展開された、故に同類性に基づいた「狭い」コミュニケーションを行なっていたにすぎなかったかということに気づかされる。そして、新雪のように、いまだ誰も踏み込んだことのない劇空間が隠れていたことを知る。この見えぬ者と見える者とがともに過ごす空間が、つまらない約束事に基づく安易なコミュニケーションが確立することによって「荒らされる」前に、ここで起きていることの隔靴掻痒をもっと感じておきたいと思わされた。

2016/02/07(日)(木村覚)

関かおり『を こ』

会期:2016/02/08~2016/02/11

森下スタジオ Cスタジオ[東京都]

関かおりのダンスの特徴は、徹底的にダンサーを鍛え、その身体をこしらえ上げるところ、そしてそれによって独特の運動の質が身体の隅々までみなぎるようにするところにある。今作にも、その徹底ぶりは垣間見えるのだが、なんといおうか、ごくごく微量のコミカルさが感じられて、それがとても印象的だった。誤解されてはならないが、それは関のダンスがキャラ的だということではない。とはいえ、関のダンスは、独特の運動の質を作り上げるところにあり、その傾向はひとつに、人間らしさからの逸脱を意味するところがある。白いガーゼを巻いただけのような、ほとんど裸に見えるダンサーの姿は、人間をプリミティヴな状態へと連れ戻したかのように見えるし、そうしてリセットされた人間があらためてどんな生態をもつものなのかが気になってくる。例えば、ダンサー同士がコンタクトするさまは、その「始原へとリセットされた人間」の知性や感情のかたちを伝えてくれているようだ。突飛な例かもしれないが、例えば『進撃の巨人』の怪物たちの運動の質もまた、彼らの生態を伝えるためにあのような動きとして造形されたのだろう。そう思うと、関のダンス上の試みというのは、実写映画やアニメーションなどで運動する生命体を造形する試みとよく似ているのかもしれない。しかし、そこまでだったら「キャラ」の範疇に収まることだろう。関は慎重に「キャラ的」になることを回避している。そのうえでなのだが、筆者が先に「ごくごく微量のコミカルさ」と述べたのは、いつもの関らしいていねいな造形意志とはちょっと質を異にするリズムが、本作にはあったからだ。しっかりと構築された造形物が、不意に落下してしまうみたいな、そしてそれによって、構築性が破損されてしまうかのような、スリリングなリズムが生まれていた。その意味で、とてもダンス的な舞台だった。例えば「大駱駝艦」を連想させるような、舞踏的な気配もあった(タイトルには「おろかなこ」の意味があるという。こういう着眼点も舞踏のエッセンスとのつながりを予想してしまう)。ひょっとしたら、室伏鴻の逝去によって、実現されぬままとなったフランスでの室伏との稽古の日々も、ここになんらか作用しているのかもしれない。

2016/02/09(火)(木村覚)

西野彩花個展「一齣」

会期:2016/02/10~2016/02/23

DMO ARTS[大阪府]

玄関周りの植栽や積み重ねたガラクタなど、日常生活で出会った生活感あふれる情景(主に下町)をスナップ撮影し、キャンバス上でトリミングを施し、ソフトフォーカスで表現した西野彩花の絵画。モチーフや手法は必ずしも珍しくないが、余白の生キャンバスと描画部分の対比、夕景を思わせる黄色がかった色調、強調された陰影表現が効果的で、独自の絵画世界の構築に成功している。また、作品名に撮影場所の地名を入れているのも、効果的な演出と言える。他には玩具などの品々を組み合わせた静物画もあったが、現時点では風景画の方が圧倒的に良い。作家は昨年3月に美術大学を卒業したばかりの新鋭。今後の活躍が楽しみだ。

2016/02/12(金)(小吹隆文)

世界遺産キュー王立植物園所蔵 イングリッシュ・ガーデン 英国に集う花々

会期:2016/01/16~2016/03/21

パナソニック汐留ミュージアム[東京都]

英国のボタニカル・アートの数々と、植物園発展に資した人々の業績、植物をモチーフにしたデザインと工芸、そしてイングリッシュ・ガーデンの造園家まで、イギリス・キュー王立植物園の所蔵品を中心として紹介する展覧会。キュー王立植物園は、ジョージ二世の皇太子妃であり、ジョージ三世(1760年即位)の母であったオーガスタが1759年頃に設けた私設の植物園を始まりとし、1841年に国の施設となった。世界中から集めたさまざまな植物を育ているほか、22万点のボタニカル・アートをコレクションしている。植物学研究の場であるから、必然的にそれは美術的であることよりも科学的に正確であるかどうかという点が重要である。しかしそれが花や植物をモチーフにしているが故に、本来の目的を超えて人々を魅了し続けている。そして興味深いことに、写真が発達した現代においてもボタニカル・アートの本来の役割は失なわれていない。「描くという行為は一種の『編集』に相当する。学術的解釈によって難解な文章が解き明かされるように、正確な図や絵画はカメラよりも多くを説明することができる」★1。写真に写るのは特定の個体でしかないが、絵は種の特徴を一般化してひとつのものとして描くことが可能なのだ。なお今回の展示では、現代イギリス画家の作品と並んで唯一の日本人画家として「きのこ画家」小林路子氏の作品が出品されている。
 科学的であるかどうかが求められるボタニカル・アートであるが、一見フォークアートのように見える作品も出展されている。「カンパニースクール」と括られているこれら一連の作品は、インド人アーティストたちが描いた植物画。「カンパニー」とは「East India Company」すなわちイギリス東インド会社のことで、インドを統治していたイギリス人たちが現地の生活や風習、資源を調査・記録するために現地のアーティストを雇って描かせたものなのだそうだ。植物採集の歴史自体がイギリスの世界進出の歴史と重なっているばかりではなく、ボタニカル・アートの描き手や作品にもまた帝国の歴史が刻まれているのだ。
 デザインの視点からは、第3章「花に魅せられたデザイナーたち」が興味深い。ここではクリストファー・ドレッサーとウィリアム・モリスの仕事が対比されている(ドレッサーらによる自然の過度な様式化に対して、モリスは反対の立場であったと)ほか、ウィリアム・ド・モルガンのタイル、ウォルター・クレインのイラストなど、植物をイメージの源泉にした作品が並ぶ(なお、これらはキュー王立植物園の所蔵品ではない)。
 キュー王立植物園に関わった人物のコーナーでは、その草創期を支えたジョセフ・バンクス(1743-1820)、国の施設となってから初代の園長を務めたウィリアム・ジャクソン・フッカー(1785-1865)とその子で2代の園長を務めたジョセフ・フッカー(1817-1911)、そしてフッカーの友人で『種の起源』を書いたチャールズ・ロバート・ダーウィン(1809-1882)らが紹介されている。ダーウィンの史料の隣には蓮の花を描いたウェッジウッド社のプレートが置かれている。じつはダーウィン家とウェッジウッド家には深い関わりがある。チャールズ・ダーウィンの祖父エラズマス・ダーウィン(1731-1802)は、リンネの著作の翻訳者であり、またウェッジウッド社を創業したジョサイア・ウェッジウッド(1730-1795)の親友であった。そしてエラズマスの息子ロバート(1766-1848)とジョサイアの娘スザンナ(1764-1817)が結婚して生まれたのがチャールズ。チャールズにとってジョサイア・ウェッジウッドは母方の祖父にあたる。さらには、チャールズの妻エマ(1808-1896)はたジョサイア二世(1769-1843)の娘、ジョサイアの孫なのだ。また本展では紹介されていないが、ジョサイア・ウェッジウッドの長男ジョン(1766-1844)、すなわちチャールズの叔父もまた植物と縁が深い人物であることを付記しておきたい。家業の製陶所の経営を弟のジョサイア二世に譲って植物学と園芸学に没頭したジョン・ウェッジウッドは、ジョセフ・バンクスや、ウィリアム・フォーサイス(1737-1804、ジョージ三世の庭師)らとともに、1804年に王立園芸協会(Royal Horticultural Society)を創設したメンバーの一人である★2。また上に挙げた蓮の花のプレートのデザインと制作を指示したのもジョン・ウェッジウッドで、チャールズの父、ロバート・ダーウィンは1808年にこれをジョサイア二世から購入したと言われている★3
 汐留ミュージアムの展示室は毎回画家や展示テーマに合わせた演出をしており、そのたびごとに雰囲気ががらっと変わる。今回は植物園の温室をイメージしたつくりで、会場にはほのかに花の香りが漂っている。[新川徳彦]


会場風景

★1──本展図録、144頁。
★2──Jules Janick, 'The Founding and Founders of the Royal Horticultural Society', Chronica Horticulturae, Vol. 48, 2008, pp. 17-19.
★3──Robin Reilly, 'Wedgwood: The New Illustrated Dictionary', Antique Collectors Club, 1995, p. 456.

関連レビュー

小林路子の菌類画──きのこ・イロ・イロ:artscapeレビュー|美術館・アート情報 artscape

2016/02/12(金)(SYNK)

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よそおいの細密工芸

会期:2015/11/21~2016/02/14

清水三年坂美術館[京都府]

幕末から明治期の美術工芸品の収集で知られる清水三年坂美術館では、京薩摩にひきつづき、刀装飾や印籠、装身具の展覧会が開催された。出展品は、刀、印籠、煙草入れ、根付、かんざし、櫛など江戸時代の香りを残すものと、懐中時計、カフス、ペンダント、バックル、帯留め、指輪など、新しい時代の到来とともに西洋化がすすむ生活様式を伝えるもの、およそ80点である。そこに用いられるのは、金工、漆芸、彫刻などの洗練された意匠と高度な技巧。いずれも手にのるほどの大きさのものばかりだが、その小さなものに緻密で重厚な世界が描き出される。例えば煙草入れひとつとってみても、菖蒲の模様を染め抜いた革製の袋には龍を象った前金具が配され、腰差の煙管入れの筒には黒地に金で女郎花の蒔絵が施されており、さらに両者をつなぐ紐にはアクセントとなるべっ甲の緒締がついている。革、金工、漆芸など、さまざまな工芸技術が一点の携行品に惜しみなく盛り込まれ凝縮していることには驚かされる。手法はそのままに、カフスやペンダントトップ、ブレスレットといった西洋風のものにみられる和洋混在の奇妙な魅力も興味深い。明治期とくに明治前期には、こうした日本の美術工芸品が輸出品としておおいに期待されたという。いかに小さなものであっても、むしろ小さなものだからこそ、そのずっしりとした佇まいには日本の命運を背負って立つという名工たちの気負いや誇りさえ感じられた。[平光睦子]

2016/02/13(土)(SYNK)

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