2018年07月15日号
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artscapeレビュー

2016年03月01日号のレビュー/プレビュー

ファッション史の愉しみ──石山彰ブック・コレクションより

会期:2016/02/13~2016/04/10

世田谷美術館[東京都]

2011年に亡くなった服飾史研究家・石山彰氏(1918-2011)が蒐集したヨーロッパのファッション・プレートやファッション・ブックなどの研究資料を紹介する展覧会。古くは16世紀末の文献から始まり、印刷技術の発展によって版画の技法を用いたファッション・プレートが廃れる20世紀初頭までを網羅するほか、揚州周延らによる明治期の錦絵に描かれた洋装も紹介される。本展で特筆すべきは石山コレクションの版画や書籍を並べただけではなく、神戸ファッション美術館が所蔵する同時代の衣装を合わせて展示している点にある。しかも衣装を着せたマネキンのメイクもまたファッション・プレートを参考に施された同時代のものなのだ。ファッション・プレートに現われた衣装とまったく同じものがあるわけではないが、時代のスタイルを立体的に見ることができる、すばらしい展示構成になっている。
 展覧会全体の構成は複層的だ。タイトルに「ファッション史の愉しみ」とあるように、この展覧会はたんに「ファッションの歴史」をたどるにとどまらず、「ファッション史研究の歴史」を見せる展覧会でもあり、それはすなわちファッション史研究において多大な貢献を残した石山彰氏の仕事を跡づける展覧会でもある。異なる時代、異なる地域のファッションを採集したファッション・プレート、ファッション・ブックは、それらが制作された同時代の人々にとってファッションの歴史や地域差を語る資料であると同時に、新しいファッションを生み出すための参考書としての役割もあった。また、それらはファッションに関するメディアの変遷を示す史料でもある。銅版画、手彩色、ポショワールといった印刷技法の変遷は、ファッション・メディアの需要の変化も語る。そして、ファッションが描かれるとき紙の上に現われるのは衣装だけではない。われわれはそこに衣装をまとった人々の身分、職業、風俗、そしてそれらを見つめる描き手のまなざし(称賛あるいは冷笑)等々、人間の生活そのものを読むことができることをこの展覧会は教えてくれる。そしてメイクを施されたマネキンは、こうした多層的なファション・プレートの意義を立体的に再現したものなのだ。ロビーで上映されている映像も必見だ。神戸ファッション美術館が制作したこのオリジナル映像は、18世紀後半から19世紀末までの衣装を役者に着せてヨーロッパで撮影したものだという。本展は2014年から2015年にかけて神戸ファッション美術館で開催された展覧会の巡回展になる。図録は両会場で共通だが、世田谷会場では独自に制作した「読本」が用意されており、展覧会のテキストとしてとても参考になる。展示史料は膨大で図録にはその一部しか収録されていない。時間に余裕をもって見に行きたい。[新川徳彦]


ともに会場風景

2016/02/13(土)(SYNK)

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加納光於展

会期:2016/02/15~2016/02/27

ギャルリ プチボワ[大阪府]

1970年代の『朝日ジャーナル』(朝日新聞社)、『展望』(筑摩書房)、『花椿』(資生堂)などの雑誌に、挿絵、カットとして掲載された版画と、未発表のドローイング約100点を展示。いずれも作家本人が所蔵していた秘蔵コレクションともいえる品々である。その性格上、どの作品も小品で、作風はおもに生き物や幾何学形態などのモチーフを組み合わせたモノクロの線描だった。すでに版は失われており、現品限りなため希少性が高い。先に行なわれた東京展で既に多くが売られたとのこと。大阪展は売れ残りの寄せ集めだったかもしれないが、それでも貴重な機会を設けてくれた画廊には感謝したい。ただ、レアな作品群の散逸は非常に残念だ。奇特なコレクターが一括購入するなどして、コレクションが守られれば良かったのだけど。

2016/02/15(月)(小吹隆文)

志村ふくみ──母衣への回帰

会期:2016/02/02~2016/03/21

京都国立近代美術館[京都府]

染織家、志村ふくみの展覧会。志村ふくみは1990年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されて以降、数々の賞を受賞してきた。本展は2015年の文化勲章受章を記念した展覧会である。
「貧しくて糸をかえない主婦が、夫や子供のためにのこり糸を繋いで、繋いで織ったものを屑織、ぼろ織という。その裂の天然の美しさに魅了されたのが柳宗悦であり、その弟子とも言える母や私である」(志村ふくみ「母衣への回帰」、『志村ふくみ──母衣への回帰』京都国立博物館、2016、16頁)。作家自身がこう語るように、展覧会のタイトルにある母衣の「母」とは、家族のために布を織る母親であり、志村に機織を教えた母、小野豊であり、その母と志村を民藝へと導いた柳宗悦である。この展覧会は、90歳をこえた志村が自らの源流を、織物の源流をたどり、その思いを表わした展覧会なのだ。会場は現在から過去へと構成されている。入り口付近に展示された、三部作(2015年)と無地のシリーズ(2015年)には、志村が活動の拠点としている琵琶湖岸の風景が鮮やかに描き出され、芳醇な色彩が自然から得たそのままに表わされている。染めと織りという日々の営みのなかで培われた感性は、混じりけがなく純粋で、瑞々しさや華やぎさえ備えている。かつて民藝が発見したのは民衆の生活のなかに息づく素朴な美であったが、朴訥とした素朴さからはじまった志村の表現は、いまや、存在をそのまま映した素の境地とでもいうべきところに至っているのではないだろうか。近作から初期の作品まで、日々のたゆまぬ研鑽に触れる展覧会であった。[平光睦子]

2016/02/16(火)(SYNK)

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薬草の博物誌──森野旧薬園と江戸の植物図譜

会期:2015/12/04~2016/02/16

LIXILギャラリー大阪[大阪府]

本展は、江戸期以降の植物図譜を科学性・芸術性の両面から読み解く展覧会。そもそも西洋で植物を正確に写し取る傾向が出てきたのは、ルネサンス期のこと。近代になると海外の珍しい植物が輸入され、薬としての効用の知識伝達と美的鑑賞の用を兼ね備えた「ボタニカル・アート」(科学的な植物画/植物学的美術)が発展する。アール・ヌーヴォーなどを見ればとりわけ19世紀において、植物が芸術創作の源泉となったことが首肯される。一方日本では、江戸期以降に薬効に関する実用的な本草学が中国から招来され、シーボルトら外国人による植物学の発展を経て自然科学を根拠として植物画が普及してゆく。それだけにとどまらず、植物図は日本の花鳥画とも互いに影響関係がある。例えば、本展で展示された日本で最初の植物図鑑『本草図譜』(岩崎灌園著)を見ると、浮世絵に見られるような大胆な構図と植物部分の切り取りとクローズアップ及び美しい木版刷りの色彩に目を見張ってしまう。植物の特徴をよく捉えてそれを美的に表象する、これはまさに妙なるデザイン性の賜物。最終部には、植物学者・牧野富太郎による植物図が展覧されて、本草学から植物学の確立に至る歴史を通覧することができる。[竹内有子]

2016/02/16(火)(SYNK)

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アニー・リーボヴィッツ WOMEN: New Portraits

会期:2016/02/20~2016/03/13

TOLOT/heuristic SHINONOME[東京都]

写真家アニー・リーボヴィッツが手がける女性を被写体としたプロジェクトの展覧会。1999年にスーザン・ソンタグと共同制作した写真集『Women』以来続いているシリーズで、アーティスト、ミュージシャン、経営者、政治家、作家、慈善活動家など、さまざまな領域で活躍している女性たちが被写体となっている。印刷製本工場2階の倉庫を改装したギャラリーを会場に、片面には今回の新作と過去の仕事(ジョン・レノンとオノ・ヨーコが抱擁する有名な写真も)のプリントやプロフィールを記したパネルを配し、ほかの3面には巨大な液晶ディスプレイ(大画面の液晶モニタを4枚合わせたもの2台と、6枚合わせたもの1台)を置いて作品のスライドショーを見せるほか、過去に刊行された作品集を手に取ることができるコーナーが設えてある。TASCHENから2014年に出た巨大な作品集に収められた写真は壁面に展示されているプリントよりも大きく、マーク・ニューソンがデザインした専用の三脚台に展示されている(写真集を買うとこの台が付いてくる!)。
 Rolling Stone誌のフォトグラファーとしてキャリアをスタートし、Vanity Fairなどのファッション誌を舞台に著名人たちのポートレートを撮影してきたリーボヴィッツがこのシリーズで表現したいことはなんだろうか。内覧会の質疑応答で女性記者のひとりが女性を撮ることの意味や、過去に撮影した女性たちとの変化などについて尋ねていた。質問者は政治的、社会的、あるいはジェンダーについてなにか引き出したかったようなのだが、リーボヴィッツは少し話をずらした回答をしているように私には聞こえた。新作のポートレートにはアウン・サン・スー・チー、マララ・ユスフザイ、ケイトリン・ジェンナー(1976年モントリオールオリンピックの男性金メダリストで、2015年に性同一性障害を公表した)等々の肖像があるのでそのような質問が出ることも理解できるが、他方で彼女が権力者たちの肖像も多数撮っていることを考えれば、そこに記録されているのは、時代を問わず、またイデオロギーとは別の次元において、女性たちの強さと美しさ──肉体以上にその精神における──なのだと思う。[新川徳彦]

2016/02/17(水)(SYNK)

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