2019年11月01日号
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artscapeレビュー

Chim↑Pom REAL TIMES

2011年06月01日号

会期:2011/05/20~2011/05/25

無人島プロダクション[東京都]

時は1970年4月26日、場所は大阪万博の会場にそびえ立つ太陽の塔。その「金色の顔」に「万博粉砕」を訴えるひとりの男がよじ登り、その後8日間にわたって占拠した。のちに「目玉男」として知られるようになるこの男について、作者である岡本太郎は現場を訪れたうえで次のようなコメントを残している。「イカスね。ダンスでも踊ったらよかろうに」。「自分の作品がこういう形で汚されてもかまわない。聖なるものは常に汚されるという前提を持っているからね。金色の顔もその下の太陽の顔も無邪気な顔で怒っているよ」(『毎日新聞』大阪版1970年4月27日夕刊3面および11面)。太陽の塔が聖なるものかどうか、そして目玉男が穢れかどうかはさておき、ここで重要なのは岡本太郎が目玉男の篭城を直接的に非難するというより、むしろ楽しむ余裕を見せていることだ。岡本太郎は自分の作品が介入されたことを受け入れたのだ。それから41年後の2011年5月、渋谷駅に設置されている岡本太郎の《明日の神話》にChim↑Pomが福島第一原発の大事故を描いた絵を当てはめた。この件はマスメディアで大々的に報道されたが、その大半が「いたずら」や「落書き」として伝えるものであり、「芸術」として報じるものはほとんどなかった。なかには本展の会場である無人島プロダクションをわざわざ「活動拠点」と言い換えた報道番組もあり、シャッターを閉めた同画廊を映した映像をあわせて見ると、まるで過激派のようだ(JNNニュース、2011年5月18日、11:30~11:55)。だがChim↑Pomによる今回の表現行為は《明日の神話》を傷つけたわけではないのだから「落書き」ではないことは明らかだし、百歩譲って「いたずら」だとしても、実害のない表現行為を「いたずら」として断罪することなどできるはずもない。《明日の神話》の芸術的価値を汚したという見解もなくはないが、それにしても当の岡本太郎が介入を認めていたのだからまったく当てはまらない。むしろ空間の隙間を目ざとく見抜き、岡本太郎の稚拙なタッチを忠実に再現しながら、その欠落を充填することで、被曝をめぐる年代記を適切に更新したことは、リアルタイムの「今日の芸術」として高く評価するべきである。しかも、それが岡本太郎本人はもちろん、他のどんなアーティストにもなしえなかったという点を考えれば、建畠晢のように「これくらい許容される世の中のほうがいい」(『朝日新聞』2011年5月25日25面)とパターナリスティックな姿勢で応じたり、山下裕二のように「岡本太郎が生きていたら面白がるだろう」(同上)などと故人のキャラクターで補うだけではいかにも物足りない。《LEVEL7 feat.『明日の神話』》は放射能の時代を豊かに生きるための、これまでにないほど新しい記念碑である。それが新しいというのは、その完成形をもはや見ることができず、私たち自身の想像力によって再生してはじめて全貌を露にする記念碑だからだ。《明日の神話》の前を通るたびに、この記念碑は何度も甦るにちがいない。

2011/05/18(水)(福住廉)

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