artscapeレビュー
柏木博『探偵小説の室内』
2011年06月01日号
デザイン評論家・柏木博による、「人々の存在あるいは内面と結びつくものとして、〈室内〉を主題とした」意欲作。本書は、ヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』に記された、「推理小説が室内の観相学となっている」という指摘から着想されている。また柏木は、「19世紀が〈室内の時代〉であって、ブルジョワジーたちが室内に幻想を抱き続けるようになった」というベンヤミンの記述を挙げ、近代的な個人主義の成立と「室内へのこだわり」との結びつきを強調する。確かにインテリアは持ち主の人となり、内面や精神までをも表わす。だから、部屋(=事件現場・手掛かり)から犯人像を読み解く推理小説においては、室内表象のされかたがどうなっているかについての考察は興味深いし、著者の着眼点はとてもユニークだ。ただ『探偵小説の室内』というタイトルから期待されるほど、純粋な推理小説作家が多く扱われていないのが少し残念だ。ポール・オースターやベルンハルト・シュリンク等々の作品を考察した章は、それはそれでもちろん面白いのだが。例えば現代ミステリ・ファンにあってみれば、女性探偵を主人公とした作品や女性作家の眼がもう少し取り上げられていたら、より楽しみが増えただろう。[竹内有子]
2011/05/15(日)(SYNK)