artscapeレビュー
東北を開く神話 第1章 鴻池朋子と40組の作家たちが謎の呪文で秋田の古層を発掘する
2012年03月01日号
会期:2012/01/18~2012/01/29
秋田県立美術館[秋田県]
アーティストの鴻池朋子による企画展。秋田の土地に伝わる民話のなかから言葉を抜き出し、それらを無作為に組み合わせた「呪文」を、秋田在住の美術家たち40組にそれぞれ割り当てる。美術家たちは、その謎の言葉から想像力を膨らませて作品を制作し、それらを同美術館内のひとつの会場でいっせいに展示した。広い会場の奥には鴻池による《アースベイビー》が鎮座し、そこから噴出した縄が秋田の地形を描きながら、その地名を含んだ作品がそれぞれの場所に設置されているという構成だ。たとえば「羽鳥沼のさびしね爺んじが口が耳まで裂けでしまて鬼の赤んぼ産んでしまった」という「呪文」のそばには、坊主頭の老人が耳まで大きく裂けた口から勢いよく金色の縄を吐き出し、その縄の中にかわいらしい赤ん坊を描いた平面作品が置かれている。図として描かれた金色の縄と地のターコイズブルーの対比が美しい。しかもその平面自体を本物の縄で何重にも巻きつけているので、《アースベイビー》から伸びた長大な縄との連続性がじつに効果的に強調されている。会場には、玉石混交の作品が散りばめられていたにもかかわらず、全体としては独自の世界観によって統一されており、それゆえ見る者は、実際にはありえない、いやいや、もしかしたらありえたかもしれない未知の「神話」に、想像力を存分に及ばせることができたのである。展示の設定、というよりむしろ遊びのルールを、明快かつ徹底的に行き届かせた、鴻池ならではの企画展で、存分に楽しんだ。さらに、展覧会として優れているばかりでなく、この企画はある種の教育プログラムとしても非常に有効なのではないかと思えた。というのも、「呪文」という縛りを設けることによって、現在の美術教育で自明視されている野放図な「自己表現」を、ある程度抑制することが期待できるからだ。実際、多くの参加作家たちは「呪文」という外部の偶然性といかに折り合いをつけるかに苦心していたようだし、その反面、専門的な美術教育を受けていない者にとっては、「呪文」が逆に効果的なステップボードになっていたように見受けられた。展示には「呪文」だけ記載されており、作者名は一切見当たらなかったが(会場の外に出てはじめて、作者名を記したマップを手にとることができた)、ここには専門的な教育を受けた者もそうでない者も、すべて等しく参加でき、さらには同じ参加作家として均等に見せようとする、企画者の賢明な判断があったように思う。美術教育の改革を望むのであれば、鴻池朋子から学ぶべきことは多い。
2012/01/26(木)(福住廉)