artscapeレビュー
家庭遺産
2014年02月01日号
会期:2013/12/07~2013/12/28
静岡市クリエーター支援センター(CCC)2Fギャラリー[静岡県]
「家庭遺産」とは、どんな家庭にもある、家族の思い出が詰まった宝物のこと。捨てるに捨てられないまま、いつのまにか歴史的遺物のように保存してしまっているものと言えば、誰もが思い当たる節があるはずだ。そんな家庭遺産の数々を、漫画家の天久聖一の呼びかけによって全国から集め、一挙に展示したのが本展である。
限界ぎりぎりまで削り取られた鉛筆のコレクションや、ロゴを母が縫い合わせたナイキの(ような)手袋、オードリー・ヘップバーンの直筆サイン、ボーイ・ジョージの描き方などなど。一見するとどこにどんな価値があるのかわかりにくいが、作品と併せて掲示された応募者による解説文を読むと、一つひとつの作品にはそれぞれエピソードが随伴していることがわかる。
《サザエさんの新聞切り抜き》は、文字どおり切り抜いたサザエさんの4コマ漫画をホッチキスでまとめたもの。これらは、40年以上前に社宅の子どもたちのなかでボス的存在だった応募者の姉が、ある日突然朝のラジオ体操を始め、ラジオ体操が終わると子どもたちに配っていたものだという。ある種の「褒美」として与えられていたのか、それとも「貨幣」のように流通していたのか。家庭遺産の背後からそれぞれの物語が立ち上がってくるのだ。
なかでも傑出していたのが、《父の足跡》である。展示されたのは、ピカピカの床についた足跡を写しただけの、いかにも凡庸な写真。だが、これは4年前に亡くなった応募者の父親が生前にかけたワックスの上に残した足跡だという。決して見えるわけではないせにせよ、掃除に熱を入れる父親の姿が目に浮かぶ。応募者である娘の無精のおかげで、これが奇蹟的に現存しているという対比も面白い。
たしかに家庭遺産はおおむね個人的であり、普遍的な価値が認められにくいものも多い。けれども、それらが私たちの想像力を刺激しながら、それぞれの「家庭」というフレームを超えて私たちのもとに届いていることは事実である。個人的な表現に普遍的な価値を与えてきた近代芸術が隘路に陥ったとすれば、家庭遺産はその白紙還元から新たな芸術を探り出す画期的な試みとして評価できると思う。その萌芽は、美術館や画廊にではなく、あまつさえアーティストの手のなかにですらなく、私たち自身のそれぞれの家庭のなかに眠っているのかもしれない。
2013/12/27(金)(福住廉)