2022年12月01日号
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artscapeレビュー

篠田千明『機劇──「記述」された物から出来事をおこす』

2014年08月01日号

会期:2014/07/11~2014/07/13

SNAC[東京都]

快快脱退後、本格的なものとしては初となる篠田千明の公演は、演劇を「『記述』された物」という点から考察し上演するという、言ってみればとても意外なものだった。篠田と言えば「つながり」を重視する快快のなかにあって、おもに演出を担当していた中心人物。「パーティ・ピープル」と受け取られることもある彼らのなかで、もっともパーティ寄りの存在ではないかとぼくは勝手に思っていた。もちろん『アントン、猫、クリ』などでは、多重のレイヤーを駆使して、きわめて方法的なアプローチも見せてはいた。それにしても、正直、今作ほど方法的な考察を重視した上演をするなどとは想像していなかった。とはいえ、それは、やや大げさに言えば、今後の日本の演劇やダンスの環境に強い刺激を与えるものであったと確信させられる上演だった。
本作は、二つの作品で構成されていた。最初の『The Short Chatri / タイトルコール』は、同じく快快を脱退した中林舞が伝統的なタイ舞踊を習った過程をめぐる作品。幼少のころからバレエに親しんでいた中林が、継承者の絶えたタイ舞踊とどう出会い、どうそれを咀嚼し、体内化したのかを舞台にしたのだが、それを説く構成が丁寧だった。最初中林が登場し、自分のルーツを話し、またタイ舞踊との出会いを紹介した後、バレエの動きから次第にタイ舞踊独特の動きへと身体を変容させていった過程を踊りながら示し、次にリハーサルと称して踊りの確認を行なったうえで、最後に、猫のかぶり物を身につけ、音楽も鳴らして、いわば「本番」を踊った。それぞれの段階にそれぞれの身体がその個別の表情を見せていたことが興味深かった。そしてなによりも、師匠が体内化しているタイ舞踊をバレエの身体へ転写していく、そのブロセス自体を演劇(篠田はそれをまた独特な言い回しで「機劇」と呼ぶ)にしていることに、驚きに近い感動があった。
二作目のタイトルは「ダンススコアからおこしてみる」。ポスト・モダンダンスの文脈で理解されることの多いアンナ・ハルプリンの『ファイブ・レッグド・スツール』(1962)をダンサーの福留麻里(ほうほう堂)が1人で上演した。興味深いのは、95分ほどの作品を6分で行なったことと、五つのパートを1人で遂行したことだ。どう1人で遂行したか、それは舞台に置いた3台のモニターのなせる技で、スコアの一番上に書かれたパートを遂行し終えると、次に福留は舞台では二番目に書かれたパートを遂行するのだが、その際、舞台の福留とタイミングをあわせて、モニターに先のパフォーマンスが映写されるのだ。舞台上ではライブの身体と記録された身体が同時にディスプレイされているというわけだ。三番目のパートが遂行されると、モニターは一番目と二番目のパートを重ねた映像を映した。95分が6分になった時点で「正しい」上演ではないと評定することもできよう。しかし、この「正しくない」アレンジによって、スコアから「出来事をおこす」仕方を、ぼくたちは驚きとともに考えることができるのだ。篠田の「機劇」はさしあたり、そうした地平をひらいたことにその意義を見出すことができるだろう。

ちなみに、この上演をめぐって、筆者がディレクターを務める「BONUS」にて篠田千明にインタビューを行なった。これもレビューとあわせてご覧ください。


BONUS 篠田千明インタビュー「機劇」(Aプロ)をめぐって

2014/07/11(金)(木村覚)

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