artscapeレビュー
渡辺眸「1968 新宿」
2014年10月15日号
会期:2014/08/26~2014/09/08
新宿ニコンサロン[東京都]
筆者は1973年に東京に出てきたので、1960年代末のあの伝説的な新宿の状況は直接経験していない。それでも、 月堂、ピット・イン、国際反戦デー、紅テント、フォークゲリラといった、当時新宿にまつわりついていた文化的な記号の群れは、間接的に目にしたり耳にしたりして、憧れの気持ちを抱いていた。それゆえ、僕と同世代はもちろんだが、より若い世代の観客にとっても、渡辺眸の今回の展示は、まず被写体となった1968~69年の新宿と、そこにうごめく異形の人物たちへの関心が先に立つのではないだろうか。
だがそれだけではなく、このシリーズには、渡辺の写真家としての初心、被写体に対する独特の距離感を保った接し方がいきいきとあらわれている。渡辺は当時通っていた東京綜合写真専門学校で、カメラの距離計を1メートルに固定してスナップ撮影するという実習があり、それをきっかけにして新宿に通いはじめたのだという。だが、会場に展示された45点の写真を見ると、1メートルという至近距離には特にこだわらず、融通無碍に被写体との距離を詰めたり伸ばしたりしていることがわかる。結果的に、このシリーズには、新宿という奇妙な狂いを含み込んだ磁場が発するエネルギーの高まりが、くっきりと写り込むことになった。時代と写真家の感受性とが幸福に一致した、ごく稀なケースといえるのではないだろうか。
なお、展覧会の開催にあわせて、街から舎から同名の写真集が刊行されている。また同展は10月23日~29日に大阪ニコンサロンに巡回する。
2014/09/01(月)(飯沢耕太郎)