artscapeレビュー

ペコちゃん展

2015年10月01日号

会期:2015/07/11~2015/09/13

平塚市美術館[神奈川県]

「ペコちゃん」とは、言わずとしれた不二家の公式キャラクター。あの前髪を切りそろえ、舌を出した女の子といえば、誰もが思い浮かべることができるだろう。1950年、同社の製品「ミルキー」の発売とともに生誕して以来、60年以上にわたって親しまれてきた、大衆的なアイコンである。
本展は、ペコちゃんというイメージの変遷を追うもの。店頭人形をはじめ卓上人形、文具、新聞広告、テレフォンカード、書籍、マッチラベルなど、さまざまな形態によって表わされたペコちゃんを一堂に集めた。さらに、ハローキティや水森亜土、初音ミクなどとペコちゃんのコラボレーション、レイモンド・ローウィやアントニン・レーモンドが不二家で行なった仕事なども併せて紹介された。まるで不二家の企業博物館のような展観である。
しかし、それだけではない。会場の後半には、現代美術のアーティストたちがペコちゃんを主題にした作品が展示されていた。参加したのは、小林孝亘や西尾康之、町田久美、三沢厚彦ら17名。それぞれペコちゃんというアイコンを主題として作品に取り入れたわけだが、興味深いのは、表現は異なるにもかかわらず、いずれもペコちゃんのかわいい一面より、恐ろしい一面を強調しているように見えた点である。
例えば西尾康之は、例によって陰刻という手法でペコちゃんの立体像を造形化したが、バロック的な細密表現に加えて、ペコちゃんの眼球を過剰に見開かせ、リボンで結った髪の毛の先を手の指にするなど、ペコちゃんの異形性を極端に誇張している。ペコちゃんとポコちゃんの肖像を描いた三沢厚彦のペインティングにしても、瞳孔が全開で、しかも眼球は黄色いため、恐ろしさしか感じない。町田久美の平面作品ですら、口元だけを赤く塗り重ねることで、舌なめずりするペコちゃんの猟奇的な要素が際立っていた。
だからといって、現代美術のアーティストたちはペコちゃんというアイコンを冒涜しているわけでは決してない。それが証拠に、改めて展示の前半に陳列されたさまざまな形態のペコちゃんを見なおしてみれば、ペコちゃんの原型のなかに、誰もがそのような異形を見出すにちがいないからだ。ペコちゃんは、たんにかわいいキャラクターにすぎないわけではない。それは、本来的におどろおどろしい一面を内包しているのであり、本展に参加した現代美術のアーティストたちは、いずれもその一面に着目し、さまざまな手法でそれを巧みに引き出して表現したのである。
その意味で、ペコちゃんの二重性をもっとも巧みに表現していたのは、川井徳寛による《相利共生(お菓子の国~守護者の勝利~)》だろう。これは、ペコちゃんと同じように赤いリボンをつけた女の子のまわりを、たくさんの天使たちが飛び回っている絵画作品。宗教画のような神聖性を帯びているが、よく見ると天使たちはみなそれぞれペコちゃんとポコちゃんの仮面をつけている。だが、その下の天使たちの顔を注意深く見てみると、彼らは一様に無表情なのだ。「天使」という属性にふさわしからぬ、一切の感情を欠いた冷たい顔。仮面が本性を隠蔽する表皮だとすれば、天使の素性は冷酷無比な非人間性ということになる。川井は、愛らしさと恐ろしさが同居するペコちゃんの二重性のみならず、それを天使の仮面として相対化することで、人間と非人間の二重性にまで敷衍させたのである。

2015/09/04(金)(福住廉)

artscapeレビュー /relation/e_00031448.json l 10115150

2015年10月01日号の
artscapeレビュー