artscapeレビュー
沖潤子 月と蛹
2017年08月01日号
会期:2017/06/30~2017/07/23
資生堂ギャラリー[東京都]
古布に微細な刺繍を施す作品で知られる沖潤子の個展。ステッチの間隔を見出すことができないほど細かい刺繍は、「接合」や「装飾」という意味を超えて、独特の造形物を生んでいる。本展では、それらの造形物を白いフレームで囲ったうえで天井から吊るして見せた。ほかに、刺繍に用いた針や映像作品なども展示された。
丸みを帯びた形体と床に落ちた影。タイトルに示されているように、そこから月と蛹のイメージを連想することはたやすい。だが、沖の刺繍作品は月や蛹を具象的に再現したわけではあるまい。具象的に見るならば、それらは日の丸のようにも見えるし、機能形態的に見れば、帽子のような作品も含まれているからだ。月と蛹は、再現的なイメージの起源ではなく、おそらく何かの暗喩なのだろう。
空中をたゆたうような刺繍を見ていると、独特の時間感覚を感じずにはいられない。その浮遊感が浮き世離れした時間性を垣間見せるだけではない。刺繍という身ぶりが、それに費やされた果てしない時間の厚みを見る者の脳裏に刻みつけるのだ。狂気と言えば、そうなのかもしれない。だが、会場で実感するのは、むしろ何物にも取り乱されることのない、じつに静謐な時間の流れである。
透明度の高い時間──。それこそが再生ないしは変身の比喩である月と蛹が暗喩するイメージではなかったか。眩しい太陽や華々しい蝶を見せたがるアーティストや、それらを見たがる鑑賞者が多勢を占める姦しい時代にあって、純度の高い時間とともに、その原型を静かに想像させるところに沖潤子の真骨頂がある。
2017/07/06(木)(福住廉)