artscapeレビュー
《トゥーゲンハット邸》
2017年11月15日号
[チェコ、ブルノ]
最大の目的であるミースの《トゥーゲンハット邸》は、ツアー形式のみ見学可能なので、2回参加し、合計3時間ほど滞在した。最近修復されたおかげで、余計不純なものがない状態で見られるからなのかもしれないが、現物の空間(それも内部)を体験しないと全然わからない。とんでもない傑作である。しかも超超超豪邸だ。傾斜地に建ち、上の街路面のファサードはとても淡泊だが、室内に入ると、フルハイトのドアと什器が同レベルで存在し、緩衝帯としての小さな正方形の前室は四方向に接続し、それぞれの部屋へとアクセスする。家族や使用人(このエリアもしっかりとインテリアをデザイン)が暮らす上階は、計画的にもよく練られた構成だった。円弧を描く階段を下りると、リビングやダイニングが出迎え、《バルセロナ・パヴィリオン》的な空間が広がる。ただし、バルセロナほどリフレクションの効果は強くない一方、脇のサンルームに植物があり、生活の場であることが《トゥーゲンハット邸》の特徴だろう。石上純也によるヴェネツィア・ビエンナーレの温室に補助線が引ける空間だった。さらに下のフロアは洗濯場、多目的室、機械室などである。この住宅は、施主が数年しか暮らすことができず、ナチスの侵攻によってドイツ軍、その後はソ連軍、しばらくはダンス・スクールなどに使われ、相当改変された。それでも壊されなかったのは、住宅として大き過ぎる空間の冗長性ゆえに、さまざまに転用され、サバイバルできたからなのか。ル・コルビュジエは粗い白黒写真や図面でも空間のアイデアがある程度理解できるし、本人が五原則という風に刺激的な言説を添えているが、ミースにおける精度の高い素材のデザインが生む光や反射、空間の雰囲気は、現在の写真でも不十分にしか捉えられず、メディアの伝達が難しい。
2017/09/18(月)(五十嵐太郎)