2020年10月15日号
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artscapeレビュー

松井沙都子「モデルハウス」

2019年01月15日号

会期:2018/12/15~2018/12/24

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA[京都府]

現代日本の標準的な住環境に使用される内装材を用いて、ミニマル・アートを想起させる抽象的な構造物を模しつつ、その均質化された表層性や空虚さを露わに提示してきた松井沙都子。本展では、実際のモデルハウスの室内を撮影した写真作品と、内装材や照明器具を組み合わせた立体作品によるインスタレーションが展示された。

写真作品では、電化製品や家具、インテリアが配されたリビングルームやキッチンの一角が、淡々と写し取られている。その光景は、売り手側が演出し、買い手側が自己投影的に思い描く「マイホーム」「幸せな家庭」の完璧な像を共犯的に紡ぎ上げようとするが、住人の記憶や生活感の痕跡がないツルツルの表面で覆われた室内は、むしろ不在感や空虚さを際立たせ、「幸福で完璧なマイホーム」の虚構性こそを浮かび上がらせるようだ。



[写真:大島拓也 提供:京都市立芸術大学]

一方、より戦略的に美術史や制度論との接続を図りつつ、現代日本の住環境に対して批評的に言及するのが、内装材と照明器具を組み合わせた立体作品である。切り取られた白い壁を天井から照らすライト。矩形の窓枠と、半透明のアクリル板越しに輝く蛍光灯。約2.5m四方の正方形に切り取られた床と、間接照明の光。これらは、例えばカール・アンドレのフロア・ピースを想起させるなど、ミニマル・アートの美術史的記憶を喚起させつつ、「壁」「矩形のフレーム」「床や台座」といった要素は、より本質的には、ホワイトキューブの展示空間すなわち視線の制度を下支えしている構造を浮かび上がらせる。だが、天井のライトが照らし出すのは何も掛けられていない裸の壁であり、眩く照らされたフレームの中は空っぽで、台座のように持ち上げられた床面には何も載っていない。ここには、「見るべきもの」として照らし出されているはずの実体的な「作品」がない。パレルゴンを作品(エルゴン)へと転化させる転倒の身振りは、「見ること」を基底で支えているにもかかわらず、不可視化されていた存在を浮上させる。



[写真:大島拓也 提供:京都市立芸術大学]

こうしたパレルゴンのエルゴン化という操作は、「台座」という装置を「彫刻」化させる竹岡雄二の作品を想起させる。だが松井は、ミニマル・アートへの美術史的接続や制度論をめぐる問題意識を引き継ぎつつ、その表面を「現代日本の標準的な家の内装材」という皮膜で覆い、擬態させてしまう。適度な凸凹感や木目が、無機質ではなく暖かみを感じさせる壁紙やクロス、フローリング材。その薄い皮膜で覆われた空間を、人間味を帯びた居住空間として暖かく照らし出す照明器具。私たちの生活空間は、鉄骨やコンクリートの骨組みを覆い隠すそうした皮膜に均質的に覆われている。松井作品は、ホワイトキューブの展示構造を入れ子状に反復し、ニュートラルな見かけを装いつつ、内装材を異物として侵入させ、表面に貼りついて擬態させることで、「現代の日本の家」の半ば不可視化された基底そのものをこそ眼差すように促すのだ。

2018/12/20(木)(高嶋慈)

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