artscapeレビュー

神楽岡久美「身体と世界の対話 vol.2」

2019年01月15日号

会期:2018/12/20~2019/01/26

ワコールスタディホール京都 ギャラリー[京都府]

中国の纏足、西洋のコルセット、カヤン族の真鍮リングによる長い首……洋の東西を問わず、女性たちの身体は、人工的に骨格を矯正する器具を装着することで、拘束の苦痛や不自由さと引き換えに、絶対的価値としての「美」への恭順を課せられてきた。自らの意思を持った主体ではなく、男性の欲望の眼差しによって成形可能な「物体」として。では、現代の女性は、身体の拘束を代価として得られる美の追求から解放されたのか? 現代の女性の身体は、どのような「美的変形への欲望」をまとっているのか? この問いに取り組むのが、神楽岡久美が現在制作中のシリーズ作品《美的身体のメタモルフォーゼ》である。本展では、第1作《What is Beautiful Body?》が展示された。

展示台の上には、冷たい光を放つ金属と重りやバネでできた奇妙な器具が陳列されている。背後のスクリーンには、実際にそれらの器具を装着しながら、機能と効果を解説する映像が流れる。ヘルメットのように頭部に装着し、骨格を矯正して「小顔」へと引き締め、クレーンで鼻の骨格を高く伸ばす「美顔矯正ギプス」。3kg(!)の重量のドーナツ型の器具を首にはめ、首を細長く成形する「首ギプス」。3つのバネで肩甲骨を内側へ寄せ、背筋を伸ばす「猫背防止ギプス」。筋力トレーニングのようにバネを伸ばす運動をすることで贅肉を落とす「二の腕引き締めギプス」。左右の足をバネで連結し、両足の歩幅を美しく整える「モデル歩行ギプス」。また、骨格図やレントゲン写真を参照して器具をデザインした設計図のドローイングも展示されている。

これらの器具はいずれも「~ギプス」と命名されており、マンガ『巨人の星』に登場する「大リーグボール養成ギプス」を連想させる。だがそれらは、「筋肉」すなわち男性性の象徴たる肉体的強さの錬成を装いながら、「女性の身体美」の養成に奉仕するものであり、強烈なアイロニーをはらむ。

身体の鍛錬や拘束と美へのオブセッション、器具の装着による人為的な身体拡張やメタモルフォーゼ、人工的な畸形性とエロス。系譜として、例えば、マシュー・バーニー、レベッカ・ホルン、小谷元彦(バイオリンを模した器具でピアニストの指を矯正する《フィンガーシュパンナー》や小鹿の脚に矯正具を付けた《エレクトロ(バンビ)》)が想起される。とりわけ、ヤナ・スターバックの《Remote Control》 は、「美」に奉仕させられる女性身体の拘束を扱う点で、神楽岡作品を考える際に示唆に富む(《Remote Control》はクリノリン・スカート型の電動の歩行器だが、檻を思わせる形状の立体作品。装着者はクリノリンのなかに吊り下げられ、リモコンで自ら動きを操作しつつ、鑑賞者によっても操作される)。

纏足やコルセット、クリノリン・スカートは既に滅んだが、「痩身」「二重まぶた」「バストアップ」「O脚矯正」といったさまざまな美容整形の謳い文句は街頭にもネット広告にも溢れ、いまも目に見えない規範として女性の身体を縛り続けている。「小顔」「細い首や二の腕」「すらりと伸びた背筋」「ランウェイを歩くモデルのように優雅な歩き方」……。神楽岡の作品は、単に実装可能な器具のデモンストレーションを超えて、「女性はこのように美しくあるべき」「男性の視線の要請にそって身体を成形すべき」という、女性の身体を常に取り囲む規範を可視化し、拷問用具のようなグロテスクな拘束具として具現化してみせるのだ。



[撮影:中澤有基]

2019/01/12(土)(高嶋慈)

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