artscapeレビュー

米田知子「残響─打ち寄せる波」

2022年08月01日号

会期:2022/06/04~2022/07/09

シュウゴアーツ[東京都]

ロンドンを拠点として活動する米田知子は、2000年から「Scene」と総称される写真シリーズを制作・発表し始めた。ヨーロッパだけでなく、日本を含む世界各地に赴いて、彼女の前にあらわれた場面/風景にカメラを向けていく。今回のシュウゴアーツでの個展では、初期に撮影された「丘―連合軍の空襲で破壊されたベルリンの瓦礫でできた丘」(2000)、「畑―ソンムの戦いの最前線であった場所/フランス」(2002)などから、「絡まる―マルヌ会戦の塹壕跡に立つ木々」(2017)、「丘陵─『モスキート・クレスト』の頂を望む、ブルネテの戦い、スペイン」(2019)などの近作まで、15点が出品されていた。

米田のアプローチは、その土地を特徴づけるような要素を強調するのではなく、比較的淡々と、やや距離を置いて目の前に広がる眺望全体を画面におさめていく。そのことによって、歴史的な出来事の舞台になった場所が、われわれの目に馴染んだ日常的な光景と接続しているように見えてくる。人々に苦難をもたらす戦争や災害が、逆にごく当たり前に見えるさりげない場面から始まっているという認識はとても怖い。その怖さが、写真を見て、米田自身が執筆したというキャプションを読むうちにじわじわと広がってきた。

そのなかに1点、他のものとはやや異なる印象を与える作品があった。「70年目の8月6日・広島」(2015)である。安倍晋三元総理が出席し、その式辞が野次に包まれたという「広島平和記念式典」を撮影した写真だが、この作品だけ3枚の画像を重ね合わせているので、人物や記念碑、テントなどがブレたように見える。その三重像が、米田自身の感情の揺らぎと対応しているようにも見えてきた。ほかのストレートな処理の写真と比べると、そこに特別なメッセージが込められているのは確かだろう。この加工によって、「Scene」シリーズそのものの再構築が始まっているのではないかとも思った。ロシアのウクライナ侵攻に端を発する、より不確定性が増した現在の時代状況とも、何らかのかたちで繋がっているのではないだろうか(本稿執筆後に、安倍元総理が狙撃されて死去した)。

2022/07/07(木)(飯沢耕太郎)

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