artscapeレビュー

2022年08月01日号のレビュー/プレビュー

地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング

会期:2022/06/29~2022/11/06

森美術館[東京都]

「地球の曲/地球がまわる音を聴く。/1963年春」

展覧会の冒頭に掲げられたのは、同展のタイトルにも使われたオノ・ヨーコのインストラクション集『グレープフルーツ』からの言葉だ。さらに、

「鼓動の曲/心臓の鼓動を聞く。/1963年秋」

と続く(原作はどちらも英語で表記されている)。世界に耳を澄ませ、自分に耳を澄ます。このふたつの行為が同展の方向性を指し示しているように思える。2020年に始まった新型コロナウイルスの世界的流行(パンデミック)により、いきなり世界が別のステージに移り、これまでとは違う時間が流れ始めたかのような錯覚を覚えた人も多いだろう。この2年半、自分はどのように生きていけばいいのか、世界に対して自分はなにができるのか、これまであまり考える必要のなかった問いに向き合わざるをえなくなった。この展覧会はそんな問いになにかヒントを与えてくれるかもしれない。とはいえ、16人の出品作家は国も違えば、考え方も使うメディアも表現スタイルも異なり、多様としかいえない。むしろ多様であることがひとつの答えであるといってもいい。

そんななかで目が釘付けになったのが、エレン・アルトフェストの作品。身の回りの風景や静物を緻密に描写したいわゆる写実絵画なのだが、手っ取り早く写真を用いることはせず、長時間を費やして実物を観察し、木の幹の凸凹した表面やカボチャの複雑な色合いや肌触りまで克明に再現していく。たとえば《木々》(2022)と題された絵画は、A4サイズ程度の小品にもかかわらず1年以上かけて制作したという。そこには写真からただ転写したようなインスタント絵画にはない濃密な時間が蓄積されている。それはすべての時間がスローダウンしたパンデミックゆえに可能だったに違いない。

もう1点、金沢寿美の《新聞紙のドローイング》(2021)も瞠目に値する。日々の新聞をひたすら濃い鉛筆で塗りつぶし、目に止まった文字や画像だけ残す。それを数百枚つなげて高さ5メートル、幅20メートル以上のカーテン状にして吊るしてみると、ところどころ星々が輝く漆黒の宇宙に見える。このシリーズを始めたのは2008年だが、本格的に取り組むようになったのは、社会との断絶を感じ始めた出産後の2017年からで、このコロナ禍によりますます加速したようだ。彼女は新聞を読むのではなく、塗りつぶすことによって世界とつながり、宇宙に開かれたといえるだろう。

美術館がこういう現在進行形の出来事に絡めてテーマを設定するのは難しいし、とても勇気がいることだ。ともすれば時流におもねっているとか災厄を利用しているとかいわれかねないし、ようやく実現したと思ったらすでに時代遅れになっていたというほど世の中の動きが早いからだ。実際、同展を企画したのは2020年以降のはずだが、今年に入ってからロシアがウクライナに侵攻し、安倍元首相が暗殺されるなど激震が続き、第7波がきているにもかかわらずもはやコロナへの関心は薄れきっている(というより、みんなうんざりしている)ように見える。身も蓋もないことをいえば、どんなテーマの展覧会だろうが、テーマに関係なく人を感動させる作品は変わらないということだ。

2022/06/28(火)(村田真)

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ゲルハルト・リヒター展

会期:2022/06/07~2022/10/02

東京国立近代美術館[東京都]

サブタイトルもなにもない「ゲルハルト・リヒター展」。それ以上でも以下でもない、ただリヒターの作品だけを見せる展覧会。潔いなあ。

出品作品は計138点で、うち油彩のタブローは42点。それ以外は、色見本をランダムに並べたような「カラーチャート」、プリント上に油絵具を塗った「オイル・オン・フォト」、ドローイング、ガラスおよび鏡による作品など多彩だ。また、タブローの半分以上は「アブストラクト・ペインティング」シリーズで、それ以外は写真を描き写した「フォト・ペインティング」、グレイ一色に塗られた「グレイ・ペインティング」など。なぜ内訳を書いたかといえば、どうも足りないものがあるように思えてならないからだ。年代別に見ると、8割以上は21世紀以降の作品に占められ、特に1960-80年代の作品はわずか10点しかない。圧倒的に足りないのは初期から中期にかけての作品群だ。

ぼくが初めてリヒターの作品を実見したのは1982年のドクメンタ7においてだったと思うが、そのとき訪れたいくつかの美術館でも見た記憶がある。刷り込みというのは侮れないもので、ぼくはこの時期のリヒター作品がその後の作品の評価基準になっている。当時リヒターはすでに「アブストラクト・ペインティング」を始めていた(同時に「フォト・ペインティング」も続けていた)が、近年のスキージによる制作とは違い、太い刷毛でストロークを生かして絵具を塗り重ねていく手法で、スキージの使用は限定的だった。

また、アブストラクトにもかかわらず筆跡に立体感があり、画面に奥行きがあるのは、絵具がたっぷり盛り上がった筆跡を拡大模写した70年代の「ディテール」から発展させたものだからであり、その「ディテール」は筆跡を写真に撮ってそのまま写し取るという意味で、60年代の「フォト・ペインティング」とつながっていた。つまり「フォト・ペインティング」と「アブストラクト・ペインティング」を繋ぐのが「ディテール」であり、また初期の「アブストラクト・ペインティング」なのだ。そのためリヒターは具象と抽象の概念を無効化した画家として評価される一方、作品にはどこかトリッキーな匂いが感じられたのも事実だ。いずれにせよ、今回の展示で足りないと感じるのは、「フォト・ペインティング」と「アブストラクト・ペインティング」をつなぐ、平たくいえば具象と抽象をつなぐ「ディテール」であり、初期の「アブストラクト・ペインティング」なのだ。これが欠けているため今回の出品作品はリアリズムとアブストラクトに分かれてしまい、その境界を曖昧にしたリヒターの業績が見えにくくなっていると思う。 

この時代の作品が欠けているのは、今回の展覧会がゲルハルト・リヒター財団のコレクションによって構成されているからだ。財団が設立されたのは2019年と最近のことなので、過去に遡れば遡るほど作品が集めにくかったはず。カタログでも「1990年代まで、リヒターが作品を売らずにアトリエに留め置くことはあまりなかった。ようやく2000年代になって、将来に創設されるかもしれない財団を視野に入れながら、作品を取り除けておくようになった」と、ディートマー・エルガーが書いている。言い換えれば、70-80年代の作品はよく売れたということでもある。富山県美術館の《オランジェリー》(1982)1点でもあればずいぶん違っただろうに。

2022/06/29(水)(村田真)

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コレクション1 遠い場所/近い場所

会期:2022/06/25~2022/08/07

国立国際美術館[大阪府]

コレクションの本気と底力だ。ウクライナへの軍事侵攻と沖縄返還50周年という時事性に基づき、①東欧からロシアの作家群と②沖縄出身の作家(石川竜一、山城知佳子、ミヤギフトシ)をそれぞれ小特集に組み、企画展に負けない見応えがある。①は、共産主義体制の崩壊を経た社会的激動期である90年代以降の中東欧のアートを紹介した「転換期の作法」展(2005)が土台にある。現在のウクライナ侵攻や難民危機について直接言及するわけではないが、ホロコースト、冷戦と共産主義下での抑圧、ソ連崩壊といった20世紀史が通奏低音をなし、この地域の現在につながる歴史的視座を提示する。企画の発案から、リサーチ、貸出の交渉、予算調達、輸送など、実現まで1年から数年間かかる企画展に比べて、状況に対するコレクション展のフレキシビリティの高さを示した好例だ。また、②では、山城知佳子の2000年代の初期作品群(《オキナワTOURIST》3部作[2004]、《OKINAWA墓庭クラブ》[2004]、《あなたの声は私の喉を通った》[2009]など)をまとめて収蔵したことの意義も大きい(なお、これら初期作品群については、「山城知佳子作品展」[2016]の拙評を参照されたい)。

展示室を進むと、多数の民間人を巻き込んだかつての激戦地/現在の戦火に加え、沖縄/本土、旧共産圏/西側という地域的周縁性など、この2つの地域を架橋するつながりの線が見えてくる。例えば、山城知佳子が問う沖縄戦の記憶の継承と、クリスチャン・ボルタンスキーやユゼフ・シャイナにおけるホロコーストの記憶。山城の映像作品《あなたの声は私の喉を通った》では、サイパン戦で家族を自決で失った老人の証言を、山城自身が語り直す。記憶の継承とは、他者(死者も含む)の声の憑依や痛みの分有といった身体的プロセスであることを、山城の目から流れる涙や次第にオーバーラップする2人の声と顔が示す。ウクライナ系ユダヤのルーツを持つボルタンスキーの代表作例《モニュメント》(1985)は、子どものモノクロの顔写真を手作りの祭壇風に設置し、犠牲者の追悼を思わせる。強制収容所から生還した経験をもつユゼフ・シャイナのドローイング《群衆》(1996)は、顔のない人間の上半身のシルエットが無数に集積し、大量死がもたらす匿名性や個人を均質化する抑圧的な社会体制を暗示する。



左:山城知佳子《あなたの声は私の喉を通った》(2009)
右:山城知佳子《OKINAWA墓庭クラブ》(2004)



左:クリスチャン・ボルタンスキー《モニュメント》(1985)
右:ボリス・ミハイロフ「Look at me, I look at water…」シリーズより(2004/2006)


また、ボリス・ミハイロフが写す「華やかなショッピングストリートの浮浪者」は、石川竜一のスナップの1枚と共鳴する。ウクライナ北東部のハルキウ出身のミハイロフは、ベルリンと故郷を行き来しながら、社会の変化から取り残された低所得者や路上生活者の姿を捉えた。チェリーを詰めた袋を抱えた浮浪者は、果汁で真っ赤に染まった手と口元が血塗られたようで、強烈な印象を与える。ダイアン・アーバスや鬼海弘雄の系譜に連なる特異な風貌の人々を、強烈な色彩とともに沖縄の路上で捉えた石川の写真集『絶景のポリフォニー』(赤々舎、2014)の1枚では、路上に裸足で座り込むホームレスの男、背後のデモ隊と機動隊、その奥のブランドショップという多層構造が、沖縄の抱える矛盾を示す。



ボリス・ミハイロフ「Look at me, I look at water…」シリーズより(2004/2006)



石川竜一『絶景のポリフォニー』より(2011-2014)


石川の別のスナップはクラブのドラァグクイーンやキスを交わす女性同士を捉え、ミヤギフトシの作品とクィア性においてつながっていく。ミヤギの「American Boyfriend」プロジェクトのなかの映像作品《The Ocean View Resort》(2013)では、アメリカから故郷の沖縄へ戻った主人公の語りが、同性の友人Yへの淡い恋心と、戦争捕虜だったYの祖父と米兵との関係という2つのエピソードを詩的に往還する。同じ音楽を「基地のフェンスを隔ててYの祖父と米兵が聴く」関係が、「レースのカーテンを隔てて主人公とYが聴く」関係として反復される構造により、個人的で親密な関係と、国家や民族、軍事的な境界線というより大きな枠組みが入れ子状に示される。

ここに、基地のフェンスの前でアイスクリーム(=与えられた「甘いもの」)をひたすらなめ続ける山城自身のパフォーマンスを映した《オキナワTOURIST-I like Okinawa Sweet》を並置すると、「沖縄の表象とジェンダー」というもう一つの問題が見えてくる。山城作品では、アイスクリームをなめる仕草や汗で濡れた肌を見せつけるなど、あえて性的に強調してふるまうことで、基地が潤す経済や日本政府の補助金に依存する沖縄の受動性や被支配者性が、「女性」としてジェンダー化されて提示されていた。山城の批評的意図は明快だが、女性ジェンダーを依存性や受動性と直結させることは、別の問題もはらむ。

一方、ミヤギの作品では、「沖縄」の側が「ホモセクシュアルの男性」として表象されることで、政治的な力関係が、「ヘテロ男性の優位性」というセクシュアリティの支配構造と重ねられる。また、「沖縄人らしくないYの容貌」という伏線や「Yの祖父は本土からの漂流兵」という語りからは、「ウチナーンチュである主人公とヤマトンチュの血を引くY」の恋愛の困難さに、別の政治的困難さが重ねられる。「フェンス」「レースのカーテン」は、国家・民族・軍事的分断線、異性愛/クィアという境界線を何重にも示す。祖父の遺品にはさまれていた「真ん中で引き裂かれた若い米兵の写真」は「関係の破綻」を暗示するが、それでも、たとえ束の間の儚い時間でも、「美しい音楽」が両者の隔たりを恩寵のように満たすのだ。



ミヤギフトシ《The Ocean View Resort》(2013) 国立国際美術館蔵[© Futoshi Miyagi]


このように、本展は、コレクション=「現在から安全に隔てられた、消費対象としての過去」ではなく、「進行形の現在」と接続可能であること、そして「現在」を変数として入力するたびに異なる「出力値」が召喚され、読み替え可能な流動体であることを示していた。夏休み期間にもかかわらず、館内設備工事のため企画展は穴が空いた状況だったが、だからこそ、「コレクション展しかやってない」ではなく、「コレクション展だからこそできること」という存在意義を力強く示していた。


関連レビュー

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2017 山城知佳子「土の唄」|高嶋慈:artscapeレビュー(2017年05月15日号)
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2022/07/02(土)(高嶋慈)

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元田久治 CARS

会期:2022/06/24~2022/07/17

アートフロントギャラリー[東京都]

東京駅や国会議事堂、あるいはパリのエッフェル塔やシドニーのオペラハウスなど、見慣れた風景が数十年後にはこうなっているかもしれないという未来の廃墟図で知られる元田の新作は、なぜか自動車がモチーフ。しかもミニカーを描いているのだ。

《CARS:Pedestrian Crossing》(2022)では、幅5メートル近い大画面に本物の道路から転写したかのような横断歩道が原寸大で描かれ、その上を数百いや千台はあろうかというミニカーがびっしりと覆っている。一瞬ガリバーの世界に迷い込んだような違和感を覚えるが、ミニカーも原寸大なのでこれはリアル世界なのだ。ミニカーはリトグラフでいっぺんに何十台も刷り、1台1台切り抜いて貼り付けているという。地面にうごめく無数の虫のような凝集感があるが、神の視点から見下ろせば現代の車社会はこのように映るのかもしれない。

おもしろいのは、ミニカーの廃車を描いた版画もあること。それも2種類あって、使い込まれてボロボロになったミニカーをそのまま描いたものと、ミニカーのオリジナル車が廃車になった姿を想像して描いたものと。しかもその下にモデルにした実物のミニカーも置いてある。これまでのリアル世界と想像世界だけでなく、絵画と版画、ミクロとマクロ、オリジナルとコピーのあいだも往還し始めたようだ。

2022/07/03(日)(村田真)

米田知子「残響─打ち寄せる波」

会期:2022/06/04~2022/07/09

シュウゴアーツ[東京都]

ロンドンを拠点として活動する米田知子は、2000年から「Scene」と総称される写真シリーズを制作・発表し始めた。ヨーロッパだけでなく、日本を含む世界各地に赴いて、彼女の前にあらわれた場面/風景にカメラを向けていく。今回のシュウゴアーツでの個展では、初期に撮影された「丘―連合軍の空襲で破壊されたベルリンの瓦礫でできた丘」(2000)、「畑―ソンムの戦いの最前線であった場所/フランス」(2002)などから、「絡まる―マルヌ会戦の塹壕跡に立つ木々」(2017)、「丘陵─『モスキート・クレスト』の頂を望む、ブルネテの戦い、スペイン」(2019)などの近作まで、15点が出品されていた。

米田のアプローチは、その土地を特徴づけるような要素を強調するのではなく、比較的淡々と、やや距離を置いて目の前に広がる眺望全体を画面におさめていく。そのことによって、歴史的な出来事の舞台になった場所が、われわれの目に馴染んだ日常的な光景と接続しているように見えてくる。人々に苦難をもたらす戦争や災害が、逆にごく当たり前に見えるさりげない場面から始まっているという認識はとても怖い。その怖さが、写真を見て、米田自身が執筆したというキャプションを読むうちにじわじわと広がってきた。

そのなかに1点、他のものとはやや異なる印象を与える作品があった。「70年目の8月6日・広島」(2015)である。安倍晋三元総理が出席し、その式辞が野次に包まれたという「広島平和記念式典」を撮影した写真だが、この作品だけ3枚の画像を重ね合わせているので、人物や記念碑、テントなどがブレたように見える。その三重像が、米田自身の感情の揺らぎと対応しているようにも見えてきた。ほかのストレートな処理の写真と比べると、そこに特別なメッセージが込められているのは確かだろう。この加工によって、「Scene」シリーズそのものの再構築が始まっているのではないかとも思った。ロシアのウクライナ侵攻に端を発する、より不確定性が増した現在の時代状況とも、何らかのかたちで繋がっているのではないだろうか(本稿執筆後に、安倍元総理が狙撃されて死去した)。

2022/07/07(木)(飯沢耕太郎)

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