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小山利枝子展 LIFE BEAUTY ENERGY

2022年08月01日号

会期:2022/06/30~2022/10/11

池田20世紀美術館[静岡県]

まぼろし博覧会からタクシーで10分ほどで、「小山利枝子展 LIFE BEAUTY ENERGY」へ。俗界から天界へ這い上った気分になるのは、エアコンが効いてるのと、花がいっぱい描かれているからだ。

花を描く女性画家は少なくない。特に目立つのは、ジョージア・オキーフのように性的なニュアンスを感じさせる花の絵だ。小山も40年近く「花」を描き続けているけれど、あまり性は感じさせず、むしろ花のもうひとつのシンボルである「生(のはかなさ)」のイメージにあふれている。それは具体的にいえば、つぼみが花開き、香りを発散し、やがてしおれていくまでのプロセスを、ストロークを生かした流麗なタッチで1枚の画面に表わしていることだ。だからぼんやりぼやけたようなイメージは、花が咲く過程を長時間露光で撮影するのにも似て、「生」の時間をたっぷり含んだ表現と見ることができる。

しかし「生」の時間の先には「死」が予感されるのも事実。カタログの作品リストによれば、今回の出品は1993年から2022年の最新作まで、ドローイングを含めて82点。うち1990年代は4点、2000年代は8点のみで、大半は2010年以降の近作ということになる。そのなかで、忠実に花を描いたドローイングを別にして、明確に花とわかるタブローは1993年の《花93-2》くらい。あとは形態的にも色彩的にも花から徐々に離れて、湧き上がる水や燃え上がる炎のような流動的あるいは破裂的イメージが展開されていく。

これらのイメージが30年以上にわたって花を観察し、繰り返し描くことで得られたものであることは疑いえないが、鑑賞者の勝手な見方としては、たとえば《おだやかな夢の香り》(2002)に見られるあふれる水のような流動的イメージは、大津波を、あるいは《夢をみた》(2009)のような中心から放射状に広がる爆発的イメージは、ツインタワーの崩壊過程や原発事故を、つい想像してしまうのだ。つまり「生」を描きながら、それが「死」に裏返るカタストロフの瞬間を図らずも捉えてしまっているのではないかと。こじつけもはなはだしいが、しかし見るほうが勝手な解釈を膨らませられるほど豊かな作品だと思うのだ。

残念なのは美術館。伊豆高原という環境的には申し分ないロケーションにあるため、足の便が悪く、つい「まぼろし博覧会」に寄り道してしまうのだ。いやそれは僥倖というべきかもしれないが、美術館で気になるのは、展示室の壁の一部がいまだ等間隔に穴の開いたパンチングボードだったり、小山の肩書きが「洋画家」となっていたり、開館した1970年代のまま時間が止まってるんじゃないかと感じられること。まあ館名のとおり「20世紀」を体験できる美術館と考えれば納得だけど。

2022/07/11(月)(村田真)

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