2022年11月15日号
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江之浦測候所

2022年08月01日号

江之浦測候所[神奈川県]

なかなか行く機会がなく、ようやく訪れた江之浦測候所。相模湾を見渡すみかん畑の斜面を丸ごと作品化したそれは、美術館でもなければ博物館でもない、ましてやテーマパークなんぞでは断じてない。そこは宇宙の時間を観測する「測候所」であり、壮大な「アースワーク」とも呼ぶべきものだった。

JR根府川駅から朝一の送迎バスで15分ほど。バスを降りて坂道を上る途中、赤沢蜂巣観音という小さな祠がある。江之浦集落で信仰を集めた赤沢観音堂を再建したもので、中央には蜂が巣をつくった円空仏が祀られている。ヒェ~本物かよ。開門と同時に入場して、荷物を預けるため全面ガラス張りの待合棟に寄る。ここの大テーブルには樹齢千年を超える屋久杉が使われているという。少しも手を抜かないなあ。まずは夏至光遥拝100メートルギャラリーへ。その名のとおり夏至の日に朝日が真っ直ぐに射すように設計された細長い空間だ。その脇に光学ガラスを敷き詰めた舞台と、イタリアで実測し再現した古代ローマの円形劇場をしつらえ、その下を冬至光遥拝隧道が通る。円形劇場の上には能舞台の寸法に基づいた石舞台が築かれ、舞台の橋掛りには23トンの巨石が据えられ、その軸線は春分秋分の朝日が相模湾から昇る軸線と合致する。基本設計は古代遺跡と同じく天体の運行に合わせてあるのだ。



江之浦測候所「光学硝子舞台」[筆者撮影]



江之浦測候所「京都市電の軌道敷石」[筆者撮影]


小道に沿って斜面を下っていくと、道端に各地から運び込んだ石柱や石仏、地蔵の類が置かれ、古い道具小屋を改装した化石窟に着く。内部にはアンモナイトや三葉虫、ウミユリなどの見事な化石のほか、古代ペルシャの青銅斧、楔形文字の刻まれた粘土板、この小屋に残されていた道具類などが展示されている。なんなんだこの数億年のタイムスリップは。さらに下ると、国東半島の五輪塔や信貴山の道標などに混じり、《数理模型0004 オンデュロイド:平均曲率が0でない定数となる回転面》《数理模型0010 負の定曲率回転面》といった杉本の幾何学彫刻が置かれている。見晴らしのいいみかん道を行くと、奈良円城寺の春日堂を再現した柑橘山春日社が建ち、この春めでたく奈良の春日大社より御霊を勧請したと「日曜美術館」でも紹介されていた。ほかにもそこかしこにいわれのある物件がさりげなく置かれ、無料のガイド本はウンチクまみれ。

先に「アースワーク」と述べたが、その理由は3つある。まず、山の斜面を文字どおり「土木工事」によって造成したこと。また、石や植物、化石など地球(アース)がつくった造形(ワーク)で成り立っていること。これを自然の「アースワーク」とすれば、ここはストーンサークルなどの古代遺跡や現代のランドアートのように、自然素材を組み合わせて人間がつくり出した芸術としての「アースワーク」でもあることだ。このアースワークはまだまだ現在進行形で続いているという。いわば「みかんのプロジェクト」。

2022/07/10(日)(村田真)

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