artscapeレビュー
なぎら健壱「偶然に出遭えること!」
2022年08月01日号
会期:2022/07/06~2022/07/23
Kiyoyuki Kuwabara AG[東京都]
フォークシンガーで、独特の風貌、語り口でTVなどへの出演も多いなぎら健壱は、筋金入りの写真マニア、カメラマニアである。その写真の腕前がただならぬものであることは、『日本カメラ』誌に2012年から連載していた「町の残像」(2017年に日本カメラ社から写真集として刊行)などで知っていたが、今回Kiyoyuki Kuwahara AGで開催した個展「偶然に出遭えること!」に出品した作品を見て、あらためてそのことがよくわかった。
今回出品された25点は、すべてモノクローム・プリントだが、逆にノイズを削ぎ落とすことで、彼の「偶然」を呼び込み、隙のない画面構成に仕立てていく能力の高さが、しっかりとあらわれていた。まさに正統派のスナップ写真であり、木村伊兵衛の空気感の描写と植田正治の造形感覚の合体といってもよいだろう。
少し気になったのは、居酒屋など、なぎらのテリトリーで撮影されたもの以外の路上の写真のほとんどが、影の部分を強調したコントラストの高いプリントになっていて、顔がほとんど識別できないことである。そのこと自体は、むしろ写真作品のクオリティを上げるという方向に働いていると思う。だが、もしそれが路上のスナップ写真につきまとう肖像権に配慮したものだとすると、少し残念な気もする。なぎらに限らず、肖像権の問題は多くのスナップ写真の撮り手に息苦しさを与えている。むろん、闇雲に顔を撮影すればいいというわけではないが、タブーがもう少し和らぐような状況を醸成していくことはできないだろうか。
2022/07/13(水)(飯沢耕太郎)