artscapeレビュー

中村ハルコ「光の音 Part II- echo」

2022年08月01日号

会期:2022/07/07~2022/09/04

カスヤの森現代美術館[神奈川県]

中村ハルコ(1962-2005)は、2000年の写真新世紀展に自らの出産体験を撮影した「海からの贈り物」を出品してグランプリを受賞した。一方で、1993年から98年にかけてイタリア・トスカーナ地方をたびたび訪れ、その土地に根ざして生きる老夫婦と家族の写真を撮り続けていった。それらは、彼女の没後に写真展で展示され、写真集『光の音-pure and simple』(フォルマーレ・ラ・ルーチェ、2008)にまとまる。今回のカスヤの森現代美術館での展示は、その続編というべき企画である。

トスカーナ地方の人々、風物を捉えきった、生命礼賛、慈しみの感情にあふれる描写は、中村にしか撮れない世界ではないだろうか。日本からはるばる訪れたという距離感も、とてもうまく働いたのではないかと思う。農家の人々が、彼女をあたかもマレビトのように受け入れ、手放しで、心から歓待している様子が伝わってくる。何よりも、差し込む光と吹き渡る風の描写が素晴らしい。フィルムで撮影していることによって、プリントに微妙な揺らぎが生じ、それが見る者に快い波動となって伝わってきた。彼女が惜しまれつつ亡くなってから17年、前回の発表から10年以上も過ぎているわけで、より若い世代の観客に、このような形で中村の仕事を引き継いでいくのは、とても大事なことだと思う。

今回の展示には間に合わなかったが、『光の音 PartⅡ』を写真集として刊行する計画もあるようだ。中村のほかの仕事も含めて、あらためて、彼女の写真家としての軌跡をふり返ってみる時期に来ているのかもしれない。

2022/07/17(日)(飯沢耕太郎)

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