artscapeレビュー

ロロ『ここは居心地がいいけど、もう行く』

2022年08月01日号

会期:2022/07/22~2022/07/31

吉祥寺シアター[東京都]

学校という空間の時間は螺旋状に流れている。授業や毎年の行事は繰り返しのようでいながら少しずつ違っていて、その担い手となる生徒たちもたとえば3年という定められた期間とともにその場所を通過していく。教師だけが例外だ。

ロロ『ここは居心地がいいけど、もう行く』は2021年に全10話をもって完結したいつ高シリーズのキャラクターが再び登場する新作。吉祥寺シアターでの公演は7月31日で終了したが、8月28日まではアーカイブ配信が視聴できる。以下の文章には重大なネタバレが含まれるので注意されたい。また、いつ高シリーズ未見でも十分に楽しめる作品ではあるが、作中にはシリーズを知っていることでより楽しめる仕掛けもいくつか用意されている。いつ高シリーズの戯曲は多くがWEBで無料公開されているのでそれらを(特にvol.6とvol.2を)読んでから配信を観るのもいいかもしれない。vol.6『グッド・モーニング』については映像も8月28日まで無料公開されている。


[撮影:鈴木竜一朗]


舞台は文化祭当日。旧校舎の屋上に続く階段の踊り場ではダブチ(新名基浩)と机田(大石将弘)が本番の迫ったコントの練習をしている。しかし何やら屋上に出入りする悠(島田桃子)が行き来し、白子先生(大場みなみ)がやってきては茶々を入れとなかなか練習は進まない。悠は旧校舎の屋上から旧々校舎の屋上へとこっそり何かを移動させようとしているらしいが、旧々校舎の屋上に続く踊り場では息子のコントを見に来て校舎を間違えた(逆)おとめ(望月綾乃)と鉢合わせてしまう。物語はダブチと机田のコント、悠の隠し事、そしてかつてこの高校の生徒だった白子と(逆)おとめの再会という三つの筋が絡み合いながら進んでいく。


[撮影:鈴木竜一朗]


高校生が演じることを念頭に、高校生だけが登場する作品として書かれたいつ高シリーズは、高校生のスケールの世界を立ち上げながらその少しだけ外側を指し示すような物語だった。対して、かつて高校生だった大人とこれから大人になる高校生を描いた『ここは居心地がいいけど、もう行く』は、螺旋状の時間の異なる2点を並べることで、自分がいない/いなかった時空間への想像力をより強く喚起する作品になっている。あるいはそれは、この作品とも深い関係のあるいつ高シリーズvol.2『校舎、ナイトクルージング』で描いたものをさらに大きなスケールで描いているのだとも言えるかもしれない。

いつ高シリーズでは高校生だった白子と(逆)おとめは大人になり、片や教師に、片や生徒の親になっている。そこにあるのはシリーズを追ってきた私が知るいつ高でありながら、しかし同時にもはやまったく別の場所だ。ダブチ、机田、悠の向こうには同じ俳優によって演じられたかつてのいつ高の生徒たち(シューマイ、楽/水星、朝)の姿が透けて見えるが、それもまたシリーズを追ってきた私の勝手な感傷でしかない。


[撮影:鈴木竜一朗]


時間の経過は否応なく人を変えていく。かつてはおどおどとして学校にもほとんど通っていなかった(逆)おとめはローカルラジオのディレクターとして働くようになった。一方の白子はあまり変わっていないようにも見えるが、最近は同居する親の視線が気になって家出をし、学校に寝泊まりしているらしい。だが、(逆)おとめと再会した白子は突然、家を買うことを決意する。大きく変わった(逆)おとめと、その変化に触れて変わろうとする白子。生徒たちと同じように大人もまた悩み、変わっていく。

(逆)おとめの存在は生徒たちにも、いや世界にも影響を与えている。(逆)おとめが担当するラジオ番組「グッドモーニングレディオ」のヘビーリスナーである悠は、同じく番組のファンだという「友達」が、20年以上前に(逆)おとめが深夜の校舎に忍び込んで発信していた誰にも届かないかもしれないラジオ番組を好きでずっと探していたのだと言い出す。悠とともに先々週、地球を救った(!)というこの「友達」の正体は実はエイリアンなのだが、遠くから電波の波形を見ていたというエイリアンが20年以上前の(逆)おとめのラジオ番組を探していたということを踏まえれば、エイリアンが地球にやってきたのは(逆)おとめのおかげだということになる。ならば誰にも届かないかもしれなかったラジオが遠く宇宙に届き、時間を超えて地球を救ったのだ。のみならず、エイリアンはダブチと机田のコントにも3人目のメンバーとして参加することになる。


[撮影:鈴木竜一朗]


[撮影:鈴木竜一朗]


ここでは学校に通えず中退することになったかつての(逆)おとめが、そして彼女の誰に届かずとも何かを発信しようとする気持ちが強く肯定されている。もちろん、誰にも届かないことは苦しいかもしれない。ダブチと机田のコントの1回目の上演にはひとりの観客も現われず、ダブチはくじけそうになる。だが、ダブチの書いた台本は(不本意ではあるかもしれないが)母親である(逆)おとめに、そしてエイリアンに読まれ演じられることになるだろう。そして2回目の上演には何人かの観客が現われるかもしれない。自分の存在がいつ、誰に、どのように影響を与えるかは誰にもわからない。それでも、発せられた電波の波形は地球を救うかもしれない。そう思ったっていいのだ。


[撮影:鈴木竜一朗]



ロロ:http://loloweb.jp/
いつ高シリーズ:http://lolowebsite.sub.jp/ITUKOU/
いつ高シリーズvol.7『本がまくらじゃ冬眠できない』映像(STAGE BEYOND BORDERS):https://stagebb.jpf.go.jp/stage/itsukou-series-vol-7-i-cant-hibernate-with-books-as-a-pillow/


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2022/07/25(月)(山﨑健太)

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