2022年10月01日号
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artscapeレビュー

ヤン・ファーブル『寛容のオルギア』

2009年07月01日号

会期:2009/06/26~2009/06/28

彩の国さいたま芸術劇場[東京都]

「欲望のカリカチュア、21世紀のモンティ・パイソン」がキャッチフレーズ。なるほど、冒頭、白い下着の男と女は、テロリストらしい存在を脇に、ひたすらマスターベーション競争を続ける。股間をシェイクし叫びを上げるといったオルガスムなしの単なるポーズは「マスターベーション」を誇張し記号化する。西洋風のギャグと受け入れ爆笑する観客もいる。「権力の時間ですよ」と役者が観客に向けて語りかけると、消費社会、テロと戦争、左右の政治、性差に基づく暴力などの記号が、じつに戯画的に、舞台に呈示される。そうした仕掛けは、日本の若手演劇のデリケートなアプローチに慣れたぼくにはずいぶん単純で古めかしく映った。人間を束縛するステレオタイプ・イメージを舞台に上げることは、ステレオタイプのイメージに無批判に浸かってしまっている人間たちへの批評になりうると同時に舞台のステレオタイプ化も助長する。ミイラ取りのミイラ化(ステレオタイプ化する批評性)は、それもまたギャグ?と笑えればよかった。けれど、正直ぼくは楽しめなかった。
終幕に近づき、延々とマスターベーションのポーズをとらされた役者たちが「ファック○○!」とあちこちへ不満をぶちまけると、ファーブルも日本人の観客も批判のやり玉にして、その後彼らは、真の自慰行為としてしばらく即興的なダンスを踊った(ダンスってナルシスや自慰そのものだなあとあらためて思わされた)。役者二人が「じゃあ、上野公園へアイスクリームでも食べに行こう……そこにオルガスムは?」とおしゃべりして終幕。社会の権力への批判が演劇の権力への批判へスライドし、さらに演劇の外へと飛びだそうとするラストから推察するに、ファーブルは「演劇の終焉」(演劇やめた!)を宣言しているように見えた。「寛容のどんちゃんさわぎ」のなかでもっとも寛容さを発揮したのは、こうした袋小路への道程につき合った観客だろう。

2009/06/27(木村覚)

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