artscapeレビュー

小泉明郎

2009年09月01日号

会期:2009/07/25~2009/11/08

森美術館 ギャラリー1[東京都]

ヴィデオ・アーティストの小泉明郎の個展。新作の《僕の声はきっとあなたに届いている》(2009)と、代表作の《ヒューマン・オペラXXX》(2007)を発表した。前者は息子が母親に電話をかけ、箱根の温泉に誘うシーンを映し出した映像作品。新宿の雑踏のなか、ひとり携帯で母に語りかける口調は気恥ずかしさと誠意が渾然一体となっており、その点で彼の「本音」が表われているように見える。だがその後、彼の姿と声はそのままに、母の声の代わりに企業の受付窓口やお客様相談センターの係員の声が挿入されると、事態は一転する。事務的に応答する係員たちの声と、母への親愛を吐露する彼の声は決して噛み合うことがない。誠実な「本音」を体現していたはずの彼の声は係員たちの機械的な発話をおちょくる悪戯じみた声に聞こえはじめる反面、むしろマニュアルという「建前」で武装しているはずの係員たちの声のほうが、彼の声になんとか誠実に対応しようとしている点において「本音」であるかのように聞こえる。一見すると、言葉のディスコミニュケーションをネタにしたお笑いビデオに見られがちだが、じつは言葉の「本音」と「建前」を錯綜させることによって、言葉の向こう側を切り開く傑作である。

2009/07/24(金)(福住廉)

2009年09月01日号の
artscapeレビュー